僕を止めてください 【小説】





 悔しそうな顔が少し和らいだように見えた。でもそれは悲しみに変わったからかも知れなかった。

「裕さんて、お父さんもお母さんも…血が繋がってないんですか」
「うん…早くに両親が亡くなった。僕の記憶にも残らないような早い頃にね。だからずっと今の両親をほんとの両親だって思ってた…高校生まで」
「それでもその二人にそこまで気遣ってるんですか」
「うん。だってこんな僕を見捨てることなく成人するまで面倒見てくれたんだし。生きてるものにも親にも関心がない僕を育てるのは…とっても大変だったと思うから」
「ボクは…血の繋がった両親だって、心の底から恨んでるのに」
「それは求めてたからじゃないのかな。心の底から望んでも叶わなかった時に、僕は初めて“恨む”っていう感情を知った」

 それは…佳彦に。

「だから僕は両親に心から求めてはいなかったんだって思う。関心が薄いんだ。でもそれだからなんとか血が繋がってなくても一緒に暮らしていけてたんだと思うよ。イビツだけど」
「求めてたのか…ボクって」

 切なそうにそう言うと、佐伯陸は押し黙った。沈黙の中、言葉が口から出るのを拒んでいるような、苦しげな口元が数回わなないた。その次に押し出した言葉は、もう泣き声に近かった。

「数学が得意じゃなくても、音楽の才能がなくても…ゲイでも…女装子でも…ボクは…生きてるだけで…お父さんとお母さんから愛されたかっ…たんだ…って…言うんですか…? あんな人たちを? あんな…あんな…?」

 どこにも定まらない浮遊した所在なげな視線で佐伯陸はそう言うと、身をよじるように両腕を胸の前で交差して、自分の肩を自分の両手で抱いた。抱いたように見えたのもつかの間、それは抱いたのではなく、小刻みに身体が震えているのを押さえつけていただけだった。