そのまま佐伯陸は下を向き、フォークに戻るはずの手は膝の上に置かれたままだった。
「味しない…ボクも……ほんとに…ほんとに…ごめんなさい」
「あんなことしてもこんな強引に僕を引き止められるのに…オナニーまで手伝わせたのに…いまさらそんな恐縮されると、驚く」
「どうしていいかわからなくて…ちゃんと謝ってないし…なにがなんだかわかんなくて…裕さんこれで帰っちゃったらなにもかも終わっちゃう気がして…自分がしたこと無かったことにしようとした…でも無理だった」
そこまで愛着が出来ちゃったかと途方に暮れながらそれを聞いていた。こんなことして謝ったとして僕が許さないでこれで関係が切れても、佐伯陸にとっても面倒が減るだけでいいんじゃないかと思うのだが、これほどの気まずさや罪悪感を超えようとしてまで僕との関係を切りたくないと思う動機がまったくわからなかった。
「どこまで許されてるのか…試さずにいられないんです。裕さんのほんとの気持ちが分からない。怖いけど、でもダメなことがダメじゃなかったり、押し切ればウンって言ってくれたりするけど…なんでOKしてくれるのか…わからない…だから…無理なこといっぱい言ってみて、もう無理っていうところがどこなのか…探してるような気がします」
佐伯陸と同じことを言われながら、隆に責められ続けた日々を思い出した。どこまで行けばお前はイヤだって言うんだ…と。俺のことどう思ってるんだ…俺はお前のなんなんだ、と。乱暴な行為を延々とされ続けたあの頃は、隆のリミットが半年先くらいに控えていて、それに向けてどんどんナーバスになっていった頃の事だった。そしてとうとう僕を手放そうとして、寺岡さんに僕を抱かせた。それが彼にとって最大の暴力だった。
「同じこと言われてた。前に付き合ってた人に。どれくらい乱暴に扱えば、どれだけ殴ったり蹴ったり踏んだり無理矢理犯したりしたら…お前は俺を拒否するんだ…って」
「そう…ですか。ボク…その人の気持ち…なんか…わかる」
「でもね、そこまでしてこんな僕といる必要が無いと思うんだ。でもなぜかその人も…君も、僕になにかを求めてる。それが不思議でならない」
「わからないんですか」
「わからないな」
「あのね…一緒にいるだけで…良いんですよ…裕さんは」
佐伯陸の言ったことは、なんだかわからない理由…理由ですらないようなことに聞こえた。



