誰かの泣く声がする。音が最初に戻ってきた。意味もわからずその音を聞いていた。泣く声って…誰が泣いてるんだろう、という問いはゆっくりやってきた。思考が戻ってきたらしい。夢から覚める時と同じように、関連付けはあとからゆっくりと再構成され、ここはどこか、とか、今は何時か、とか、一体何がどうなってこのようにしているんだろう、とか、そういうことの後に、目を開けてみようという行為がつながった。
ソファの上だった。仰向けで横たわっていて、僕の手を握りながら僕の大腿の上に顔を伏せている人が居た。その人が泣いているのだった。
ああ、佐伯陸の家だったっけ…僕は落とされたんだっけ…佐伯陸に……まだ、生きてる。
「佐伯…君」
その声を絞り出してみると、振り向いた佐伯陸がバネで弾かれたような反射で僕の胸元にしがみつき、僕を見つめた。
「裕さ……」
「ああ…君も生きてるね…良かった」
「裕さん…裕さん…ごめんなさ…い…」
生きてることが確かめられて、僕の胸の上でもう一度佐伯陸は大泣きを始めた。
「殺すつもりなんて…なかったの…触らせて欲しかっただけなの…でも途中で頭が変になってって…止まんなくてボク…ボク…」
「君が後を追うんじゃないかって…」
「ごめんらさいぃ…ごめんらさぁい…」
「後ろめたいでしょう? こんなこと…精神に悪いよ…でも…僕が望んでたのは…正直…認める」
佐伯陸がヒックヒック泣きながら鼻水をすすってら行とば行が優勢な不明な言葉を押し出した。
「手が…手が止ばららかったの…ボクは人らして欲しいごとしちゃうろ…らんか自分が自分ららいみたいれ…怖かっか…」
「僕の渇望を…見抜いちゃったんだね…やらせちゃった…ごめん…青木さん憑依してたのかな、君に」
「裕さんのせいらないんだぁぁ…」
こういう時は頭を撫でてやるといいかも知れない。と、僕は幸村さんがよく僕の頭を撫でるのを思い出した。胸の上で泣いている佐伯陸の頭に手を置いた。
「賭けの結果は…まだ向こうには行けないみたいだよ…君と僕は」
「ううっ…うう…うっ…」
手を置いた途端、佐伯陸の鳴き声が嗚咽に変わった。
「もういいよ…いいから…誘ってたのは…きっと僕だから」



