佳彦は僕の目を見つめたまま、微動だにせずに座っていた。

「警察がこれを自殺に分類してたんだとしたら、上手い偽装だったと思います。犯人はこの件では検挙されてないでしょうし…」
「やめてよ…」

 彼は呟いた。

「もう…いい…やめよう…」

 そう言うと彼はパタンと本を閉じた。

「気が狂いそうだ」

 彼の肩が、ワナワナ震えていた。僕はなんで彼がそうなっているのかわからずに、言われた通り黙った。しばらく沈黙が続いた。

「帰った方がいいよ…帰らないと…」

 彼が両手の中に顔を伏せた。

「君を…本当に…殺してしまうよ…」

 ドクンと僕の中心に何かが脈動した。本気だ。佳彦は本気だ。本気で僕を、殺したがってる…!

 そして僕は。

 僕は。

 ぼくは

「言うなっ!! 君が今何を言おうとしてるかわかる! やめろぉっ! やめろっ!! やめろぉぉぉ!!!」
「な…なん…で…なん…で…」

 そして僕は自分の口を思わず押さえていた。

「あ…」

 言っちゃいけないんだ。ダメだ。言ったら僕は悪魔だ。絶対に佳彦は我慢できない。

 僕を、殺す。

 そうしたら佳彦は、罪を背負わなきゃならない。そんな人生送っちゃいけない。でも…僕は…僕は…

 ここで、僕は、佳彦に殺されたいんだ。

 知らない間に涙がこぼれていた。僕が最後に泣いたのはいつだったっけ。僕は自分の中にこんな激情があることに驚愕していた。
 
 殺されたい。僕はここで佳彦に殺されたい。こんなに僕を殺したい人から殺して欲しい。でも…ダメなんだ。

「わかりました…帰ります…もう…来ません」
「ああ…そうしてよ…もう僕に…君を見せないでよ」
「はい…」

 彼は顔を上げた。そして僕の顔を見て驚いた顔をした。

「泣い…てるの?」
「え…ああ…はい」
「そう…そっか…そっか…」

 そして、僕の肩を押した。

「送るよ。洗って着替えてきてよ」