僕を止めてください 【小説】





「裕さんが先に死んだらボクが死なないようにする意味ないし」
「僕は自分のこと言ってるんじゃないってわかってるよね。悲しむ人がいるから死ねないって言ったの、聞いたよね?」
「…死んだらそんな縛りのこともう考えることないですよね。それにその人が弱いだけじゃないですか。死にたいなら死ねばいい」

 佐伯陸はなぜか怒っていた。逆ギレだろうか。

「…けっこう簡単にひどいこと言うな」

 それを聞くと佐伯陸は唇を噛んだ。そして両手で顔を覆った。

「嫉妬です。ボクと一緒に死んでくれないのもその人のせいだし」

 素直すぎる告白に僕は呆気にとられた。嫉妬って…まだ二回しか会ってないのに?

「生きてる人は誰も好きにならないなんて…嘘でしょ。だってきっとその人のこと好きなんですよ。まさか気がついてないとか?」
「父親だよ」
「え?」
「君は父親に嫉妬してるの?」

 今度は佐伯陸が呆気にとられた。涙目を見開いて僕を見つめている。

「お…父さん?」
「ああ」
「お父さんが…無理心中?」

 面倒くさいからそういうことにしておくか。間違いじゃない。

「うん。そうだよ。本当の父親じゃないけど」
「継父ってこと?」
「うん。本当の父親は僕が1歳で死んだ」
「ごめんなさい…言いたくないの…よくわかった」
「色々あるんだよ。僕は。もういい?」
「でも…でもいや…だ」
「なんで!?」

 当然納得するはずの説得がいやだの一言でなし崩しになってしまった。このイヤだには驚いた。

「義理のお父さんになんか負けるのいやだ」
「勝ち負けじゃないでしょ!」
「欲しいんだ…裕さんが全部ボクのものになればいい」
「友達でしょ?」
「…そうだね。でも嫉妬する。関係ない。恋人じゃなくてもボク嫉妬するんだね。あはは…バカみたい」
「恋愛じゃないよ。僕らは」
「そうだよ! そんな感情無いですよ! 恋愛じゃないのにボクはボク以外の誰かが裕さんの心を占めてるのがいやなんだってば!」

 それは、凄まじい独占欲だった。母親から放置された子はこんなにも飢えるのかと、僕は新たな認識とひどく寒々しい感覚を同時に受け取った。だが叫んだ後、佐伯陸は突き放した僕に再びすがりついた。