「僕はいい。死にたいんだから。でもやっちゃった人は罪悪感で一生苦しむでしょ」
「そうか…そうですね。考えてなかったです」
「苦しんでる人がいるんで。すでにね」
「そうなんですか」
「僕に通帳と印鑑渡して、いまだに僕に慰謝料とかいって毎月お金振り込んでる。やめてって言ってもやめてくれない」
隆は僕が大学に合格して東北に引っ越す時にそれを渡しに来た。勉強とか生活の足しにしろと、親みたいなこと言って僕に押し付けて断っても受け取ってくれなかったのだった。僕も手を付けてないから、10年で200万以上の残高が通帳にあるはずだった。
「その人は…悪くない」
「生まれつきなんですか? その発作」
「いいや」
「じゃあ、前に話してくれた…レイプの時の?」
「その時はそこまでじゃなかった」
「じゃあなんで?」
「無理…心中」
その答えを言うつもりはなかったのに、勝手に声が出ていた。振り切るつもりがなんでこっちに戻ってきてしまうのかわけがわからなかった。くすぶっているものがあるみたいな…あの日から何かが。
「巻き込まれたの?」
「巻き込まれたように見えるだけ。僕がそうさせたも同然だ。だから僕は生きてる人と関わりたくない…それなのに…」
「ボク…そんなに迷惑ですか」
自分のことだと察した佐伯陸は、さらに落ち込んだ顔で視線を床に落とした。
「ああ、迷惑だよ。無理矢理死ぬとか言って僕を脅してやりたいように僕を操って生きてる人と関わらせてね。どれだけ僕がそのことを繰り返したくないかわからないんだよね。ここまで説明するのも嫌なのに。でも僕が関わったら死なないって言うから、やむなくこうしてるんだ」
「違うよ…それは違う」
「何が違うんだ」
「全然それって…裕さんのせいじゃないじゃない」
俯いた佐伯陸の目は髪の毛に隠れて見えなかったが、なぜだかつつっと涙が頬を伝うのが見えた。泣かせちゃった、と、僕は言い過ぎたかと少し反省した。
「ごめんね。言い過ぎたかも」
「違うんだって…可哀想なのは…裕さんだよ」
「僕は可哀想なことはなにもな…」
「全ッ然わかってない!」
「なにが」
「だってそれトラウマでしょ! その人に壊されたんでしょ! それで誰も触れなくなっちゃったんでしょ! ひどいじゃないですか…ひどいじゃないですか…」
「ひどくなんか…ないんだよ…それがさ」
事情もわからないのに他人ごとで先走って泣いてる佐伯陸の気持ちはよくわからなかった。感情的で過剰にセンチメンタルなところはこの前見たが、それだろう。でも僕は努めて彼を突き放そうとしていたのは事実だ。あの感触を振り払うために。それは彼が悪いわけじゃない。これ以上罪悪感を増やすのもあまり望ましくはないのだが、この後に及んで僕としてもどうしていいかわからなかった。期待させたくないが、傷つけたくもない。いいとこ取りが出来ればそれに越したことはなかった。



