僕を止めてください 【小説】




 土曜の昼近くに起き、洗顔、歯磨き後、牛乳を飲んでから着替えた。もうだいぶ暖かい日が続いていて、だんだん気温の上昇が苦痛になってくる。大学は春休みだが、法医学教室にはそんなものはない。普通に土日休を淡々と休むのみだった。

 薄手のコートを羽織って自転車で例のタワーマンションに向かった。道なんかわからなくても遠目に見ながら適当に向かっていれば到着できる。程なくして到着し、エントランスでメールで送ってきた部屋番号を壁のプレートのテンキーに入力すると、すぐにオートロックが解除された。エレベーターで上に上がっていき、長い廊下を端まで歩いた。部屋の前でインターホンを鳴らすと、タイムラグなくいきなりドアがスッと開いた。

「いらっしゃいませ」

 そこに立っていたのは男の娘ではなく、性別不明な高校生くらいの白っぽいスエットの上下を着た細い人だった。

「あれ…佐伯君?」
「もちろん。上がって下さい」
「ああ、はい」

 熊の居るリビングに通されて、ソファに座るよう言われてそのようにした。以前と変わらない部屋だったが、そこに居るのはこの前のような化粧までしてキメてた佐伯陸ではなく、すっぴんのどちらかといえば男の子寄りの人物だった。

「声と姿が一致してる」
「そうですか。なんか今日はスカートはく気分じゃなくて」
「一瞬誰かわからなかった」
「まぁ、そうですよね。ボクも人に会うときはこの格好あんまりしないし」
「なんで今日?」
「岡本さんに会うのに女装する気ないみたい」

 苦笑しながら佐伯陸は俯いて照れた。

「カレシじゃないしね」
「ええ。そう。そんな感じ」
「しゃべり方まで違うんだ」
「なんか…性別にこだわる気分じゃないんですよね。ねぇ、岡本さんのこと裕さんって呼んでいいですか?」
「良いですが。なんで?」
「親近感と音節の省略」
「言いやすいかも知れないね」
「ボクのことも陸って言ってくだされば」
「リクくんは言いにくい。佐伯君でいい」
「陸って呼び捨ててくれていいんですが」
「佐伯君が呼びやすいです」
「えー…いいけど」

 ちょっと不服そうな顔で僕を見たが、まあいいか、といった顔をして話を変えた。