「どうした…これ…」
なにかつぶやくと、幸村さんはしゃがんで、僕の右手を掴み、カッターを握っている指をゆっくり開いた。メスの次にカッターを取られた僕は、それを取り返そうと、幸村さんの手に右手を伸ばした。その右手をやんわり絡め取られ、カッターは床に消えた。
「ダメだろ…刃物はダメだって言っただろ…」
「返して…よ…」
「なぁ、どうなってるんだ…こんなことしないとダメなのか」
僕は意味がわからず首をかしげて聞き返した。
「こんなこと…?」
「血塗れだぞ」
「感じないんです…なんか…切っても切ってもあんまり感じない…元々鈍いから…しょうがないですが…」
「倉持さんに話聞いて…速攻で報告書片付けて…速攻でもこんな時間になっちまった…すまん…遅かったな…すまん」
「ああ…あれ…」
幸村さんはどこからかティッシュを出してきて、僕の脚の血を拭き始めた。さすがに血塗れの修羅場に慣れてるせいか、僕のこの程度の傷を見てもまったく慌てないのが好感が持てた。
「こっち出てきたからって、倉持さんが連絡よこしたんだ。あの事件、大ごとになってたんだな。うちの署まで寄ってくれた。二人で。井上警部も久し振りだった」
「だいじょう…ぶ……ちゃんとやったから…ちゃんと…多分…ちゃんとやれたのかな……ダメでしたか…すみません…気をつけます…」
「やってるさ。ちゃんとやってるさ。お前はちゃんとやってるさ。ちゃんとやるとここまでこうなるのか? だんだん酷くなってないか」
「さあ…気が狂うって…予め言ったじゃないですか…」
「こういうこともか…アレだけじゃなくって…お前も大概なメンヘラだな」
腹部の傷…臀部の傷…と、淡々と幸村さんは血を拭き続けていた。
「こうなる前になんで俺に連絡しない」
「…しない」
「なんでだ」
「僕のこと…好きだから」
「好きだから呼べって言っただろ!」
「…信じない」
「俺は本気だ」
「知ってますよ…でも…僕と一緒にいて死なないなんて…信じない」
「そこか…まだそこか…なんでそこに帰ってくる? いつもそれだ…いつもお前は自分が死神かなんかだって思い込んでるそこから出てこない! なんでそうなんだ!!」
相変わらず無理言うなぁ…と、僕は幸村さんの物分かりの悪さに途方に暮れた。



