トイレの洗面所で顔を洗ったあと、気力を振り絞ってスタッフルームに戻り、倉持警部補と井上警部を送り出した。その後、教室の後片付けに入り、検査用の試料の確認と科捜研送りの準備をした。教授会が終わった堺教授が教授室に帰ってきたので、ざっとの経緯を話し、日誌を書きにスタッフルームに戻った。6時にはスタッフも帰宅し、堺教授が施錠を確認してくれるというので、そのまま部屋を出た。ふわっとした感覚が今までと違っていた。勃起は治まらず、身体の芯も熱いままではあったが、焦燥感は少しマシだった。ただ、どこかでなにかが抜け落ちたような感じがした。自分の名前を忘れたような感覚だった。
フラフラしながら自宅に帰ってきて、カバンとメガネを床に落とすと、そのままベッドに倒れこんだ。熱さで服が鬱陶しく、まとわりつくものを排除しているうちに、気がつくとなぜか全裸になっていた。頭は依然としてフワフワしていて現実感がなく、独りでに勃起した性器を両手で掴んでいた。体の感覚は普段より更に鈍麻していて、掴んだ指はなにかを掴んでいるが、なにを掴まれているのかと言う認識が曖昧だった。不思議に思い一旦性器から片手を離した。そして空いた手で内股の皮膚を指でつねってみた。痛みだけではなく、触覚もあまり感じなかった。自分の手も自分の手ではないみたいだった。誰かが誰かをつねっている…というのが近い認識だった。性感だけがあって、それ以外は脳が感知をやめてしまったような。どこを切ったら、そしてどこまで切ったら痛みが出て来るだろうか? 僕はその答えを知りたくなった。メス持って帰るの…忘れてたな。
仕方なくそのまま落ちるようにベッドから離脱した。床に倒れたまま裸で手を伸ばし、机の上のペン立てを倒した。ガシャーンと音がして、テーブルの上にボールペンやものさしがばらまかれた。身体を少し起こして手探りでそのばらまかれたものを探った。金属の平たくて細長いものが手に触れた。
それを掴んだまま再びトカゲみたいにベッドに這い上がり、もう一度仰向けに倒れた。そしてそれを目の前にかざした。
チキチキチキチキ…
聞き慣れた音が部屋に響く。この前切ったところはこの前は痛かった。では今はどうだろうか? この前切った内股の反対の脚を体幹に引き寄せた。メスじゃないから、この前よりは痛いはず。フツーの僕だったら。そしてカッターの尖った切っ先を引き戻して調整した。鞘の先に5mmくらい刃が出るように。これなら刃は折れない。叩きつけても5mmの深さを保つ。表皮は0.2mm、真皮はその15倍から40倍の厚さ。つまり3.2mmから8.2mmの間…この刃渡りだと真皮の真ん中かな。真皮の上方には神経終末がある。痛覚もそこで受け取る。僕の神経は働いているのかな。 僕は逆手にカッターを握った手を内股に振りおろした。



