「それと聞きましたよ。佐伯陸の好きだった人のこと。それってあの時の大量の現場写真の最後の1枚ですよね」
ようやくこれを直接聞く機会が到来した。12%分の義務感で、僕は深入りせぬよう少しだけ質問した。
「ああ…そうだ」
「佐伯陸も幸村さんも自殺だとは思っていないのに、警察では自殺ということでカタがついてしまった。検視で事件性無しと判断…そんな感じですね」
「そんな感じだな」
「幸村さんは違う事件の担当に飛ばされたと佐伯陸は言ってました。司法解剖しないためですかね」
「後から考えればそうなる。実際面倒な強盗傷害事件が起きてて、それどころじゃなかったんだけどな。犯人は凶器持って絶賛逃走中だったし。俺行かなくて誰行くよ」
いいタイミングで事件が起きたもんだ。
「ニュースにもなっていなかったですね、海洋研究所員の自殺事件」
「海保なんて誰も関心ないからニュースにもならんよ。最近じゃシーダブ号衝突事故動画流出事件くらいじゃないか? あれは賛否両論でも英雄扱いだったけどな」
「ええ。それくらいしか出ませんね、海保・事件で検索しても。あの写真見たあと、実は色々推論してたんですが、結論は大変闇深いところにあるっていうことに自分なりに到達しました。関わらないほうがいいような」
「当然だ。やめとけ」
写真見せた割にはそんなこと言うのかと、幸村さんにしてはちょっと意外だった。
「犯人、幸村さんにはある程度わかってるんだと僕は思ってますが」
「目星だけな…だけど、君に自殺じゃないという御託宣をもらってから少し頭が冷えてな。引きが出来て俯瞰してみると、裏のある話とは分かってたが、あれは君の言う以上に闇が深そうだ。はっきり言って不用意に触らない方が良い。ヤバいぞ、これは俺の直感だが」
それを言って初めて、幸村さんはドアから離れ、僕の方に歩いてきた。そして僕の隣の机の椅子に腰掛けた。
「その話はもうやめとこう。今日の話は陸のことだ。陸は例の海保の恋人が死ぬまでは、あそこまでメンヘラじゃなかったみたいだ。まぁ、天才にありがちな変わりもんではあるが」
「取っ替え引っ替え誰かと寝ているみたいですが」
「君が現れて、実験が成功したからやめたとか言ってたぞ」
「ああ…そうですか」
「まだ『死にたい』とか言ってるのか? あいつ」
「言ってましたよ。アレは本気です」
「ああ、だな。君なら少しは気持ちを分かってやれるような気がするんだが」
「…多少は」
「だから、まあ、なんだ。エキセントリックなだけで悪意のある奴じゃないから、死なねーように気ぃ紛らわせてやってくれや」
「あなたが全うできなかったから、替わりに僕にやれと?」
「もう少しで海保の仕事が終わるらしい。あの仕事は死んだ彼と二人でやってた仕事だ。ヤツはそれが終わったら、生きてる理由がなくなるっていう感覚でアレをやってる」
それがいわゆる佐伯陸の言っていた“節目”というものかと、僕は理解した。



