僕を止めてください 【小説】




「よぉ、元気か」
「なにかご用ですか」
「まぁ、電話でも何だし」

 閉めたドアに寄り掛かって、1mまで詰め寄ることなくそのまま幸村さんは続けた。

「すぐ終わるの?」
「ええ。施錠確認したら帰りますが」
「ああ、じゃあ待ってるわ」
「ここでもいいですか」
「いいけど」
「話でしょ?」
「ああ、話だよ」
「じゃあ最後に施錠確認しますから、今から話して下さい」
「そっか」
「仕事のことですか」
「うーん…そうでもあり、そうでもなしってとこかな」

 また何か気に障ることをしたんだろうかと、僕は椅子に座りなおして多少身構えた。

「陸から電話があった」
「ああ、そのことですか」

 電話して佐伯陸は大丈夫なんだろうか。
 
「会いに来たんだって?」
「ええ。幸村さんが色々僕のこと吹き込んでくれたおかげで」
「すまんな。大変だったろ」
「ええ。分かってて言ったんですか」
「ん、まぁ、結果的にはそう言われても反論はできん。ここまで押しかけるってのは想定外だったけどな」
「珍しく殊勝なこと言いますね」
「俺も大変だったからな…陸のことは」

 幸村さんが大変って、佐伯陸もなかなかやるもんだ。

「天才でメンヘラで天然でど淫乱ときてる。あれは色んな意味で厄介なお嬢さんだ」
「幸村さんと付き合ってたって言ってました」
「それは向こうがそう思ってただけだがな」
「へぇ。僕が幸村さんの新しいカレシだとも言ってましたよ。何話したんですか」
「べつに君と付き合ってるなんて一言も言ってないけどな」
「ああ、そうですか。それも殊勝な心がけです」
「だってまだ攻略中だ」

 臆面もなく幸村さんはそう言って自分でうんうんと頷いた。

「岡本君はそういう意味ではスゲェぞ。あいつをして『友達』って言わせたわけだからな。あいつと一晩ベッドを共にしながらエロいことになってないって、佐伯陸に麻酔銃でも使ったかと思ったぜ」

 スペックを知らないまま猛獣の檻に入ってたのかと、不用意な自分に少々呆れた。無事に帰ってこれたのは奇跡かも知れなかった。