僕を止めてください 【小説】




「…なんだって、そう言ってましたよ…あの…もしもし?」

 急に倉持警部補の声が大きくなった。

「あ…え…すみません。ちょっと電話が遠くて」

 自殺者のリフレインにまぎれて倉持警部補がなにか言ったのを僕は上の空で聞いていたようだった。

「ああ、ですから幸村警部補が『岡本君が自殺の線があるって言ったら確率高い』って」
「えっと…それは…」
「幸村君とは警察学校時代の同期で仲良くてね、この前も県警で偶然会って岡本先生の話になったんですが…」

 話を聞きながら、おぼろげな記憶が蘇ってきた。そういえばいつだったか『倉持警部補に自殺の線押しといた』とか言ってたっけ? いつの話か記憶が定かではない。しかし同期って、倉持警部補いくつなんだ。40代に見える倉持警部補の方が、採用試験を受けた年齢がずっと上でなければ、同期という印象が持てなかった。

「では、明日また遺体と伺いますんでよろしくお願いします。まぁ明日は◯▽署の井上警部が主任ですが」
「はい、存じ上げてます。こちらこそよろしくお願いします」

 電話を切ったあと、意外な展開に僕は少し呆然としていた。だが同時に、まだ見ないパズルのピースがあることを、中身はどうであれ僕はどこかで知っていたような気もした。

 僕は考えていた。母の首を絞めた後、自殺した娘。これも広義の無理心中なのだろう。自分の母親を殺すのって、どういう気持ちになるんだろうか。いや、どういう気持ちなら母親を殺す動機になり得るのか。考えているうちに不意に隆のことを思い出した。あれもそうだった。同じだ。首を絞めて、自殺…僕と一緒に逝きたかった隆。死にたい僕を殺そうとしてくれた隆。それじゃ、あの人はお母さんと一緒にあっちに行きたかったのかな。

(ごめんね)

 ううん。僕が、ごめん。
 そしたらお母さんも…死にたかった…のかな…


 その日の夕方過ぎ、定時で皆が帰った後、スタッフルームで1人で片付けをしていると、ノックの音がした。この時間にノックというと…

 そしてそれはやはり幸村さんだった。