僕を止めてください 【小説】




 ペンを持ってソファに帰ってきたその後も、矢継ぎ早に質問が飛んできて一向にお茶は入らなかった。別にいいけど。

「へぇ…共感覚なんですか。ボクの知り合いの数学者も数字に色がついてるって」
「不便ですよ。とてつもなく」
「熱いものはダメ、と。飲み物もぬるくすればいい、と…あ、お茶淹れるって言ったのに!」

 いきなりペンを投げ出して、立ち上がってキッチンに走っていった。思ったことをその場でやる人なのか。この落ち着きのなさは。

 しばらくしてぬるくした紅茶であろうものをカップに2つ持ってきて、僕と自分の前に置いた。

「香り、ストロベリーなんですが…やっぱり匂いしませんか?」
「うん。しないね」
「今度はミントティー用意しておきます」

 と、取説を見ながらそう言った。今度と言われるということは、またこの部屋に招待されるということだろう。誰かに似たようなことを言われた気がした。幸村さんだ…味噌を多めにしろとかなんとか…

「スッカスッカしますから夏にしか飲めないけど」
「僕は冬でもいけると思う」
「そんなに熱が嫌いですか?」
「ああ…うるさいからね。実際聞こえるから。熱の音。みんな真に受けてくれないけど」
「ボクは冷え性だから、きっと大丈夫ですよ」

 そういうのが一番大丈夫じゃないでしょう? と僕は苦々しく思った。

「どう大丈夫なの? なんか良からぬこと考えてるの?」
「ああ、まぁ、言葉の綾っていうか…なんていうか…別にアヤしいことしようということは考えてないんですけど…あの…」

 そう言うと、また佐伯陸はもじもじし始めた。

「僕達は仮にも友達だよね。ゲイの知り合いが言ってたよ。友達と恋人の境目は性欲だって。勃起したら友達じゃなくなってるって。それを感じるなら早く僕を追い出してくれるかな」
「そっそんな…大丈夫です。ボクは自分と似てる人には恋愛感情感じないんで」

 同類だと思われてるらしい。どういう意味だろう。

「似てる…?」
「ええ…だって、受け身っぽいし。理屈っぽいし。華奢だし。あまり男っぽいフェロモン感じないし…どっちか言ったら中性的ですよね、岡本さんも」
「いや…そういう視点は無かったけど」
「そういう人好きになったこと無いし。大丈夫です。マッチョな男っぽい人がいい」
「だったら、いいけど」
「だから…あの…抱きしめてもらっても…好きになったりしないから」

 それは抱きしめてくれということだろうか。