「家、ホントに近いんです。これの質問とかしたいんで、お願いですから来てくれませんか?」
その声を聞きながら、僕はなにか懐かしい感覚になっていた。年下…しかも7つも下の後輩…いや後輩の面倒など見たことはない。いつも構ってくるのは年上ばかり。でもなぜこれが感覚的に懐かしいのか。
「あ」
その記憶を思い出した僕は、思わず声に出していた。
「なんですか?」
「いや…なんでもない」
これは、小さい裕だ。
あの時、僕はその子が可哀想で一緒に色々としてあげていた。書類を作り、市役所に行き、質問に答え、不安にさせないようにいろいろ話してあげた。戸籍謄本や除籍謄本の紙を持って市役所の中を歩いた。ここの古いプリンターの音は市役所のそれと似ていたことをいま気がついた。
(ほんとのことをしりたい)
小さな裕はいつもそう言って僕に真実が明らかになることをせがんでいた。もしかしたら佐伯陸も…
愛する誰かが死んだことを受け入れるのはとても大変なことだ。僕が自殺の屍体で狂うのも、結局は父親の死を受け入れてないだけで、それを言ったら今の佐伯陸と同じなのかも知れなかった。だから小さい裕なのか。
僕が一緒にいて大丈夫なのか。それだけが心配だったが、それ以上に、いま佐伯陸を死なせないように一緒に居なければならない。そう言えば薬理学の教授が言ってた。毒も薬なのだ、と。それでも投薬量を間違えたら死ぬ。また綱渡りだ。やれやれ。
駐輪場で自分の自転車を見つけていると、佐伯陸も自転車だった。ビアンキのスポーツバイク。さすが能力値が高く収入の多い人は備品も違う、と、僕は寺岡さんのマンションを思い出した。寺岡さんの車もシトロエンかなんかだったけ。もう今は教授だからもっと良い車に乗ってるんだろうな、今頃は。
「5分です。うちまで」
「僕んちもだけど。北側に」
「ボクは西側です。来てくれるんでしょ?」
「…少しだけですよ」
「良かったぁ」
また流されてる。しかも年下に。仕方なく僕は真っ赤なビアンキの後ろを9800円のママチャリでキコキコ着いて行った。



