僕を止めてください 【小説】




「うん。そうだね。その度に気が狂いそうになる。だから僕は生きている人の世界が良いとは思わない。あの世界は淋しい。みんな淋しい」
「1ヶ月に1回」
「え…?」
「それならいい? 岡本さんは…岡本さんはそれ、無いんでしょ? ボクにこれっぽっちも期待なんかさせないんでしょ?」
「だから期待するのは君だよ。僕が合理的なことを言うとそれが優しさだって誤解する。それは違うんだ。人はみんな期待したいんだ。僕が優しいこと言ったって思いたいんだ。それが分かってるならいいけど、わかってないなら無理だよ」
「じゃあ、期待しない練習だね…岡本さんと一緒に居ると」
「そうしないとホントに君は自殺する。僕は心中未遂を起こされたことがある。いまだにその場面が焼き付いてる。それから多分君が自殺したら僕もなんだかスイッチが入りそうだから…自殺はやめといて。病死ならいい。僕が承諾解剖してあげる」

 言いたいことを言って、ふと目を上げて窓の外を見ると、もうとっぷり日が暮れて夜になっていた。
 
 これ以上用もないのに来客と一緒に居るのもセキュリティ上マズい。ここで話してるわけにもいかないので、そろそろ出ようと思った。

「ずいぶん時間が経っちゃった。もうここ閉めないと」
「ご…ごめんなさい」

 佐伯陸はしゃくりあげながら僕に謝った。

「帰ろう」
「もう少し…もう少し一緒にいても良いですか?」
「ここはダメ」
「ボクのうち…近いんだけど…来てくれませんか?」
「え」
「マニュアルが要りそうで…岡本さんの」
「取説ならザックリしたのあるけど」
「準備いいですね。ボク、作ろうと思って」
「ちょっと待って…いまプリントアウトする。幸村さんには警察手帳に入るの作んなきゃ」
「読まないよ…浩輔」
「たぶんね」

 プリンターの電源を入れて、その間に白衣を脱いでロッカーに掛け、デスクトップのフォルダから“岡本裕取扱説明書”を開いた。100%自ら配るものだが、これを要求されるというのは僕にとってエポックであることには間違いない。さすが数学者だ。ロマンチスト過ぎるきらいはあるが。

 コートを着て窓の鍵を確認しながら、プリンターの稼動音を聞いていた。佐伯陸はデスクの下のプリンターの前にしゃがみ込み、それを出て来るごとに1枚づつ手の中で揃えて、鼻をすすりながら読んでいた。読みながら佐伯陸は僕にまた聞いた。