消え入りそうな声で佐伯陸は僕に訊いた。
「…自殺じゃ…ないんですよね」
「ええ。自殺じゃない。多分、君の言う通り。他殺だと思う」
何も言わずに小さく何度も佐伯陸は頷いた。その度に頬から顎に伝った涙が床に落ちた。
「浩輔、ああ見えても緊急事態に陥った人にはほんとに優しいから…事件の時にボクがおかしくなってたの見て、放っとけなくなったみたい。それでしばらく慰めてくれてた。それに死んだ彼、海保の情報部のプログラマーだった。すごく優秀な人で…そういう仕事できる人が謀殺されたの、浩輔はものすごく残念で、怒ってた」
幸村さんが壁を殴った理由も。
「折れて死にそうだったボクは浩輔のこと好きになった。でも浩輔は人生のすべてが仕事だから。ボクが海保の漂流予測プログラム作ってるから、Nシステムのセキュリティプログラムとか、消防のバックドラフトとか粉じん爆発のシュミレーターのアルゴリズムとか、軍事衛星の制御プログラムとかステルス機体探知用の新型レーダーの画像解析アルゴリズムとか作ってるから…だからボクの能力と業績を愛してる。ボクが数学者やめたらボクは愛されない…仕事ばかりで普段のボクとのデートもしてくれない。それが淋しすぎて死にそうになって、別れた」
なにか身につまされる話だった。佐伯陸でなく、幸村さんに微妙に同情してる自分がいた。
「じゃあ、僕にも期待しないで下さい。僕は生きてる人に愛着を持てない。その人に友情を感じるかどうかも分からないから。いや…ごめん。その前に僕、友達は今まで1人もいないんだ。何が友達なのか僕は知らない。幸村さん以上に僕は生きてるもののことには何にも興味がない」
「ボクだって友達って知らないです。でも岡本さんは恋人じゃない。だからたまに会って話して。どうせ忙しくて月に1回会えるかどうかわかんないです。でもそういう人がいるって…なんか良いなって思う。恋人じゃないって、期待しなくていいし、そうすれば自分が許せるから…」
そして僕の足元に座り込んで両手で顔を覆って泣き続けた。
「淋しいのは…もう耐えられないんだ…愛とか…恋とか…ボクはもう期待したくないんだ…」
「期待…するのは君だよ」
「生きる希望って…こっそり侵入してくるんだよ。まるでウイルスみたいに…」
その感覚はとても良くわかった。



