「だめ。僕と一緒に居るとほんとに死ぬよ。僕の回りにいる人は皆んな死ぬんだから。僕は生きてる人と関わっちゃいけない人間なんだ。だから屍体の中に自分を閉じ込めてる。僕が誰かを意識したら…その人が死ぬんだ。幸村さんにも再三言ってる。あの人、人の話聞かないからとても困ってる」
「一緒に居ようが居まいがボクはどのみち早々に死ぬ。もうすぐ節目がやってくるんだ。区切りっていうのかな。ボクには生きてそこを超える意味も理由もこの世界には存在しない。逆に岡本さんといたら死なないかも知れない。マイナス×マイナスはプラスでしょ?」
もう少し天才数学者らしい喩え方は無いものかと素人の僕が思うくらいの安直な言い様に僕は更にイラッとしたが、泣いてる彼を見るにつけ、僕にもわかるようなことを言ってくれたのかも知れないとちょっと思い直し、僕のレベルでの反論を試みた。
「都合よく掛け算になればいいよ。でも足し算かも知れないでしょ。マイナス+マイナスはもっとマイナスだ。君だけじゃなくて僕も死ぬかも知れない。それを僕は望んではいない」
「なんでダメなの? じゃあ、友達になってくれなかったら、これから死ぬよ」
「だから…!」
「ボクだって、頑張ればいつだって死ねる」
佐伯陸の声のトーンがいきなり変わった。その声はすぐさま狂気に転換しそうな絶望に満ちていた。彼は僕の膝から下りて僕の前に立った。まるで幽霊のように。言葉通り彼の死のベクトルと角度が見えた。何故そこまで…と僕は佐伯陸に心の中で尋ねた。なぜか声にはならなかった。それは聞いていいことのように思えなかった…心が死ぬほどのそのなにかを。すると彼はほんの少し微笑んで首を傾げながら僕に言った。
「殺されちゃったんです…ボクの好きだった人。それからボクの心も死んじゃった」
あまり抑揚のない声でそれは告げられた。絶望的なことがごく普通にあっさり告げられた。あまりの喪失感だけが目の中に見えた。空っぽの心の中の窓から。
「警察は自殺だって断定したけど、ボクは絶対に信じなかった。警察は多分知ってるんだよね。でも自殺だって捜査もしたフリしてすぐ終わっちゃって…ボクは…気が狂いそうになった。浩輔とはその時に出会った。強行班のヤマだったのに、上司の意向で他の事件の班長にさせられて浩輔外されちゃって。多分浩輔が司法解剖回そうとしたから…あの人は自殺は変だって掴んでた。浩輔が久しぶりに電話くれたのも、多分それを知らせたかったんだろうな。彼、自殺じゃないって…岡本さん自殺の遺体は判るんだって。岡本さんに会いたかったホントの理由はそれ。自分の耳で聞いて確かめたかったんです」
立ち尽くしたまま佐伯陸は語り続けた。まったく意図しないところで、幸村さんに見せられた最後の46枚目の現場写真の理由がわかった。



