「でも…カレシじゃないなら…そしたらボク……岡本さんに友達になって欲しいって…思っちゃった」
「え?」
話し聞いてた? と僕は一瞬ツッコミそうになった。
「あの、恋人だけじゃなくってね、生きてるものに興味がないっていうのはわかってますかね?」
「だってボクの心…もう……死んでるし…心だけでも死んでたら、興味持ってくれるかな…って」
ああ、それでか。
僕は途中から気がついてたことの確信が強まった。消えそうな残像のような実体、この世では低すぎる体温…つまりそれは。そしてそれを佐伯陸に尋ねた。
「とても…とても死にたがってる…よね…佐伯君」
「え…どうして?」
「消えそうな感じしてた。なんか普通じゃないって」
「…なんでわかるの?」
「僕が死んでるから。死にたがってる人…わかる。本当に死に近い人は、わかる」
それを聞いて、佐伯陸は膝に置いた両手でスカートをギュッと掴んだ。その手がかすかに震えていた。
「わかってくれるんだ…そう…だよ…ボクもうこの世界に……ホントは生きてたくない。でも、心が死んじゃってから…身体を殺す気力がない…!」
その言葉を聞いて僕は自分の希死を押さえてる留め金が一気にふっ飛びそうな衝動に見舞われた。佐伯陸が気管支から肺を絞りだすよう言ったそれ。これはヤバい。この人はヤバい。自殺の遺体でもないのに、僕の自殺衝動を煽ることが出来る。僕は、刃物を握る時と同じ焦燥が湧き上がるのを感じた。止めなくちゃ…と、僕は右手で左の手首を握りしめた。
「やめよう。僕まで死にたくなる」
「岡本さん、死にたいんですか」
「もう聞かない。だから言わないで下さい」
佐伯陸の目が潤んだその瞬間、いきなり彼は向かいのソファから立ち上がったと思うと、低いテーブルを一瞬で乗り越えて僕の胸に飛び込んできた。白衣の襟を握って僕を見上げる佐伯陸の目から涙が伝った。
「だったら…一緒に死んでください!」
「だから! 言うなって!!」
僕の白衣にすがりついて泣きじゃくる佐伯陸の両肩を掴んで引き剥がし、僕は怒鳴っていた。それにハッとしてすぐ謝った。怒鳴られて佐伯陸は怯えた目をしていた。
「ごめん。でも、わかるでしょ。死んだまま生きてるの、辛いって」
「ええ、だから…」
「じゃあ、もう言わないで。僕は死ねない理由がある。だからいつも自殺願望と戦ってる。自分で掴んだメスを手から自分で叩き落として耐えてる。その努力と忍耐を無駄にしたくない…努力してるから…すごく我慢してるから」
「わかった…ごめんなさい」
泣きそうな声で佐伯陸は言った。そしてつけえ加えた。
「じゃあ、その替わり友達になってください。ボクも死んだまま生きてるのツライんだ。共感してくれる人いたら…ボクは…もう言わない。言わないように…努力する」
それもダメなんだよ…と僕は自分の不自由さと、それを説明するのに少しうんざりした。



