黙ってしまった佐伯陸を眺めながら、僕は初対面でずいぶん自分のことを言ってしまったことに気づき、ちょっと驚いていた。こんなに自分のこと最初から言うのって初めてなんじゃないのかな? 何故だろうと考えてみた。答えは簡単だった。佐伯陸がさらけ出してるからだった。最初から女装子の自分を隠してない。異種格闘技的だが、少なくとも同じリングには上がってるというその共有感に依るのかも知れない。
でもそれだけじゃない。なんだろう、この全体が消え入りそうな感じは。存在が希薄だというか。熱の低さが半端ない。内気なだけじゃない気がした。すると下を向いたまま佐伯陸が呟いた。
「…ボクも最初はレイプだったんです…中2の時…カテキョーの先生から」
偶然にも新たな共有感がそこに加わった。
「何度も犯されて…ショックだったけど…でもボクは好きになっちゃった…ドMなんです…きっと」
言いにくいことを自分から言って、羞恥で更に身を固くしている。言わなけりゃいいのにと思いながら、消え入りそうにしている佐伯陸のことを僕はフォローした。
「僕も…僕も言われるまま流されて…犯され続けてましたよ。その行為が好きか嫌いかも興味なかったし。断る理由が見つからないし。でも好きか嫌いかなんて生きてる人に感じたこと無いから…そのうちその人が僕から愛されないことに嫌気が差したみたいで…でもその人が居なかったら僕はここで法医学者になってなかったから。複雑な心境ですけど、感謝もしてます」
「なんか…わかる」
「そうですか」
「ボクが自分が男っていう性別に違和感があったのがその時はっきり言語化されたんです。だから犯されてるの分かってても、その人の前で初めて女の子みたいになってく自分を…たまらなく好きになれた」
そこらで僕は話を本題に戻した。少しは理性的に話が出来るようになったろうと。
「あの、話を元に戻しますが、結論として僕は幸村さんのカレシじゃない…というかこの世の誰とも僕が付き合いようがないということは分かって頂けたでしょうか?」
佐伯陸は、まだ自分の話に浸っているような潤んだ目で僕を見つめてた。分かってるのかな…
「そっかぁ…じゃあ浩輔は片思いなんだ…それもちょっと切ないな」
おいおい。同情されるようなタマじゃないですからあの人。どんだけセンチメンタルな人なんだと、少し僕は佐伯陸に呆れた。天才数学者というくらいだから、もっとドライで理屈っぽいイメージが意味もなくあったが、それはこの時点ですっ飛んでいった。



