「まぁ言われても仕方ないよね…なんて言うか…警察と検察の手先? みたいな」
そっち側のバイアス掛かった先生だったのかと、僕は幸村さんの激怒っぷりを思い起こしていた。幸村さんもその警察側なんだけど。そうこう言っているうちに解剖室の準備が出来たので、僕達はスタッフルームに待機に入った。午前中の眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、珍しく僕は人の話を聞いていた。
「…でね、薬毒物検査もね、そんなのトライエージで何が判るかって、知っててやってるんだろうなぁ」
トライエージは尿検用の簡易薬物検査キットのことだ。検出できる薬物群は、フェンシクリジン、ベンゾジアゼピン類、コカイン類、アンフェタミン類、大麻類、モルヒネ系麻薬、バルビツール酸類、三環系抗うつ薬の8種類だが、最近の薬物はこれに反応しないものが多い。出回っている薬物の半数は引っかからないとも報告されている。
「見るとわかるんですよ…ああこれわざと科捜研回さないんだなぁって」
呆れた顔をしながら鈴木さんは苦笑した。
「だってわかっちゃダメなんだろうなって。多分ね…まぁ噂だけど、いろいろお上から便宜があってここに入ったんだろうって。ほら、堺教授は部下に対してはことなかれ主義だし。無視できるでしょ。お金で動ける学者って御用学者っていうの? 前橋…いや、その前任の先生」
あーあ。名前言っちゃった。やはり例の前橋さんだ。
「だからさ…わかるでしょ? 幸村警部補とはもう険悪で険悪で、そのとばっちりで幸村さん堺教授とも険悪になっちゃって。それまでは色々あるにしても双方とりあえず折り合ってたんだよね。でもその先生のせいでまぁ、その頃は教室全体が雲行き怪しくなってたよ。それでも堺教授のなぁなぁなとこがそこだけは幸いして、なんとか保ってたけど…何て言うか、教室の黒歴史だねあの時期って。法医学者なんてみんなカツカツで貧乏だから、お金に困ったらああなるんだって、まったくわからないでもないけど」
と、鈴木さんはちょっと諦めたような口調になった。ここのスタッフは堺教授以外は全員薄給だ。大学が法人化して以来、全体的に経費削減されて、法医学教室はポストも給料も減っていて、ここに勤めながら家族を養うのは大変だ。
「借金があったとかなんか噂で聞いたけど。別の噂だとそうじゃなくて、そういう都合のいい鑑定を売ってるんだとか…で、必要な県警だか検察だかがポスト作って呼ぶんだって。だから短期間で請け負った仕事こなして去ってくらしい…とかね。ここにも2年弱しか居なかったしね」
いわゆる“仕事人”的なことなんだろうが、上はそんな画策出来るのかと逆に感心した。本当にただの噂かも知れないが。



