僕を止めてください 【小説】




 シュミレーションの膨大なデータから導き出された漂流開始地点の推測計算のアルゴリズムは大変に複雑だが、それをまとめてプログラムを組み立て、出来たプログラムに各種のパラメータ…例えば「流れ着いた地点の緯度経度」「風向き」「風速」「海流の方向」「海流速度」「特殊条件(満潮・離岸流・その他)」等々…を計算式に放り込んでやれば、漂流開始地点の予測、つまり確率的に高い場所が座標上に何点か示される。そこを中心に捜査をすれば、手間も人材も削減できるし、無駄が省かれる。

 日本海の海流は対馬海流で、南から北へと北上する。遺体もそれに乗って北上する。ざっと調べたところ、海流は1ノット前後の比較的緩やかな早さで北上しているらしい。それでも湾港などでは速度は5分の1ほどにグッと落ちる。自然を数値化するのは、大変手間のかかる作業である。

 新しいシステムはまだ粗いが、この件においては人海戦術よりもそのほうが効果的で迅速と言えた。あとはその候補に上がった場所の海水をいくつか分析し、屍体の臓器から出てきた珪藻殻のスペクトルと比べて根拠を裏付ける。そこから彼女の身元を捜査、特定し、事件の全容を解明する…まぁ、自殺なんだけど。つまり、早く自殺だと捜査で特定してあげて。早くここから出してあげて下さい。あの人を。

 備品の在庫確認だとか、こういう時に限って在庫僅少につきの発注品が色々出たり、まだ書き上げていない鑑定書を仕上げたりと、雑務と検査をこなしながら3日が過ぎ、ようやくプランクトン検査が終わった。多い方から順番に、Triceratium revale(トリセラティウム)、Cocconeis scutellum(コッコネイス)、Fragilaria vaucheriae(フラジラリア)など、大方は海生の珪藻が出たが、3番目に多かったフラジラリア科の珪藻は淡水の珪藻で、主に河口付近で採取されるものだった。このような海生珪藻と淡水珪藻の混在は、比較的大きな川の河口に近い海岸が入水地である可能性が考えられた。これで少しは場所の特定に結びつく資料になると言えた。菅平さんに倉持警部補への連絡と資料の送付を頼んだ。