海洋研究所は海上保安庁の海洋情報部の管轄の日本海側の研究施設で、太平洋側と1箇所づつ設置されている。以前は太平洋岸のみだったが、近年危惧されている大地震による津波の被害を想定して、ひとつが壊滅しても、反対の沿岸の研究所で緊急事態にも指示を出せるという、地震・津波災害を想定しての比較的新しい研究所だった。

 特徴的なのは、日本海側の海流と沿岸の特徴を網羅しつつある点で、以前から改善点になっていた太平洋岸の方に比較的データ集積が偏っているという事態を改善してデータを上方修正できたというのは、日本海側の自治体の治安維持にとっても福音だと言える。より正確な漂流予測を可能にするため、アルゴリズムの改良が何年かごとに行われ、データは様々なソースからの同時的複合的データの最適化により投影された海流メッシュデータ…地域を格子状に区切った単位で、その範囲内に各種の情報を格納したデータ…の詳細化正確化の方向に常に改良されている。

 漂流予測は、当然のことながら漂流開始位置から漂着地点を割り出すものである。しかし、今回僕が要求していたのはその逆算データで、漂着地点から漂流開始位置、つまり屍体の入水地点を割り出すものだ。これはよく海洋投棄された漂着ゴミの投棄地点を割り出すのに使われる。一般に拡散していくものを追うのは簡単だが、拡散された一点からその開始地点を割り出すことのほうが難しい。

 だが、近年の漂流ゴミのコンピュータ・シュミレーションなどの官学共同研究が確立し、逆算のアルゴリズムがだんだん確立してきているのを海洋研究所の漂流予測と組み合わせて、海流メッシュデータを利用し、適応できる海域の沿岸が網羅されつつあった。

 2年前、ここの県の沿岸部のデータが、不完全ながらもざっくりと全域をカバーしたという情報が海上保安庁のHPにレポートされた。日本海側は某国の密航や拉致や麻薬の密売ルートが豊富で、それに伴い末端価格にして大変高価な漂流物や、それにまつわる殺人の水中投棄屍体が多い。ここの県もご多分にもれず、沿岸部の闇深い浜辺を擁している。海上保安庁的には逆算アルゴリズムはゴミ投棄よりもそのために必要で、大変に複雑なその計算式をこの2年間で、ある程度運用できるまでに持ち込んだらしかった。せっかくそのようなものが試験的にでも運用されているのだから、使わない手はないし、どのくらいの精度が期待できるのか自分の扱った事件で見てみたいというのはあった。