やっとの思いで部屋着のパーカーとスエットに着替えたあと、幸村さんが風呂から出て来る間に、コンロで一人分しかない味噌汁を温めて、一人分しかないご飯を茶碗によそい、一膳しかない箸を持ってそれらを部屋の真ん中に置いてある低いテーブルの上に置いた。どうせ僕はいつものとおり食欲はない。あとで牛乳でも飲んで終わりでいい。でも取り敢えず水分だけは補給しないと、と思い、コップ代わりの300mlのビーカーにメモリいっぱいに水を汲んで1杯飲んだ。寝るまでにあと1200ml…4杯か。
ともすると水も飲まなくなる。大学時代、一人暮らしを始めてしばらくして、一度脱水症状でひどい目にあったことがある。吐き気と頭痛で一晩苦しみ、それでも登校して挙句の果てに倒れそうになって医務室に連れて行かれ、そのあと久しぶりに病院に運ばれた。点滴を受けて、医者に脱水症状だと言われた。具合が悪くて死ぬならいいが、苦しいと自分に生きた身体があることが良くわかって、苦痛に苦痛が上乗せされる。それ以来懲りた僕は、水分と塩は欠かさず取ることにしている。実家では母親がなんやかんやと飲ませたり食べさせてくれていたのだとその時つくづく思った。
それと同じような経緯で、大学2年のとき、脚気(ビタミンB1不足による多発神経炎、浮腫、心不全が起きる栄養障害疾患)になったことがあった。正式な疾患名はチアミン欠乏症という。いつの間にかつま先にトゲも刺さってないのにチクチクとする痛みが生じ、次第に足の裏が焼けるような痛みに変わっていった。夜も眠れなくなるほどになり、仕方なく教授に相談したところ、それは君、脚気じゃないか? と言われ、再び脱水症状で担ぎ込まれた病院を受診した。最初に内科医に打鍵機で膝の下を叩かれた。膝蓋腱反射は案の定消失していて、典型的なビタミンB1不足だね…今、若い子でも増えてるんだよ、と、注射を打たれ総合ビタミン剤を処方され、血液検査では軽度の貧血とタンパク質不足も数値に出て、食事をちゃんとしなさいと栄養士の指導まで受けさせられた。
もともと食欲は不振だし、感覚は鈍感なので、脚気の初期症状が見逃されていたと言える。しかし問診を受けて、全身の倦怠感や、集中力の低下など、そう言えばそうだったというものが再認識された。身体を維持するというのは面倒なことだとげんなりした。



