「離して! 触らないで…こっこれ以上おかしくなったら、もう自分で止めらんなくなる!」
「じゃあ、俺が止める! 全部俺が止めてやる。だから…狂っててもいいじゃねぇか!」
「なんで…!」

 幸村さんは呆れたようにフッと笑った。

「俺は君が好きなんだ」

 言われた時、僕は呆気にとられた。驚きのあまりもがくのを忘れたほど。それくらいその言葉は見事なカウンターだった。

「う…うそ…だ…」

 ここまでしておいて、僕のこと…好き…って…

 意味がわからなかった。めまいがするようだった。ここまで追い詰めて、僕のことが好き? どうやったらそんなことが言える?

「嘘なんかじゃない……ずっと好きだったんだ。だから俺は、二重に君を許せなかった」

 彼が後ろから呟く声。今までの彼からは想像もつかない静かな声だった。

「そ…そんな…勝手な…」
「勝手だ。だからなんだ。君が勝手に隠してることを俺が知りたかった。勝手は同じだ。でも確かにこれは誰にも言えないな。俺以外には」

 俺以外、と聞いて、僕は今までされてきたことへの怒りがこみ上げてきた。そうだ。貴方以外は、僕にこんなことしやしない!

「そうですね…貴方だけです…僕をこんな目に合わせたのは!」
「そのとおりだ。責任は取る」
「いらない! そんなの要らないから」
「こんなになっててもか?」

 そう言うと幸村さんは、後ろからいきなり僕の首筋に唇を押し当てた。

「んあぁ! なにす…る…ん…」

 抵抗する言葉はハァハァと喘ぐ息の中に紛れて声にもならなかった。抗っていたはずの全身の力が抜け、僕は不本意なことに幸村さんの腕に全身を預けていた。ほんとにこうなった僕は誰でもいいんだな…そう思うだけで、再び絶望的な気分になった。期待されちゃ、困る。だって僕はあなたのこと…

「僕は…生きてる人間を…好きになったこと…ないですよ…」
「死姦じゃないとダメなのか?」
「そん…な…ありえ…な…い…」
「じゃあ行くぞ」
「…どこ…?」
「君んちだ。自転車回収してってやるから…安心しろ」

 幸村さんは恩着せがましくそう言って、僕を抱えて立たせた。色々な意味で頭が狂いそうな僕は、その強引さにいつもの通り簡単に押し切られて、元来た道を無抵抗のまま彼に引きずられていった。