僕を止めてください 【小説】





 幸村さんが床に転がっている僕の目の前に写真を置いた。45枚目…自動車事故…バンパーとブロック塀に挟まれた…

「ひだ…りに…」
「最後の一枚だ」

 46枚目…轢死体…これも自動車に轢かれた男の屍体だった。 

「ひ…ひだ…ひだり…に…」
「君。これは左なのか…自殺じゃないのか?」
「違…う…これは…ちが…」
「本当か? 本当にこれは自殺じゃないのか!?」
「違う…自殺じゃない…」

 幸村さんはそれをじっと見つめて、そのあと僕をじっと見ていた。そして、呟いた。

「そうだ…これが自殺なわけねぇよな…やっぱりそうだ…やっぱり…君は間違ってない」

 そしてあらん限りの力で、壁を拳で叩いた。薄い壁がバン! と大きな音を立てた。

「終わり…ですね…」

 震える身体を自分で抱きしめながら、僕は幸村さんのコートの上に胎児のように丸まっていた。

「こっ…これ…で…満足…ですか…?」

 幸村さんは答えなかった。僕は喘ぐ息の下から呟いた。

「かえり…ます…」
「待ってろ…これ返してくる」

 幸村さんは土埃にまみれたコートの上の写真を集めると、それをファイルに入れ走って部屋を出て行った。独りになった途端、一度止まった涙が再び溢れてきた。僕は倒れたまま、コンクリの床を拳で叩いた。何度も、何度も。怒りなのか、悔しさなのか、悲しみなのか、よくわからない思いが渦巻いて、拳は勝手に床を殴っていた。幸村さんに? それとも前任者に? 堺教授に? 佳彦に? それとも僕自身に? 力の入らない右手で僕は冷たい床を打ち続けた。思いもしなかった行為を繰り返している自分が不思議だった。だがそれをやめられなかった。しばらくすると遠くから誰かが走ってくる足音が聞こえた。ドアがバンと開いた。僕は床を叩くのをやめた。

「すまん」

 僕はもう何も言うことが見つからなかった。下腹部の火はまだ熾火のような灼熱の固まりを埋め込まれたままだった。幸村さんは僕を起こそうと、背中から僕を抱きかかえようとした。

「やめっ…」

 僕は再びその手を振り払った。触られたところから痺れが走り、頭の中がかき回されるような感覚に溺れそうになっていた。