「この中に混じってんの、キレイに分けてくれる? 9時までに」

 頭から血の気が引くのが自分でもわかった。この数。間違いない。気が狂う。アイテムもない。

 逃げよう。と、一瞬僕は思った。アレを見られたら僕は終わる。こんなことを隠して業務を行っていたかと更に激怒されるに決まっている。だが、逃げてどうするのかと言われても僕には答えがなかった。それに“三度目”という局面には誤魔化しが効かないと自分で理解したばかりだった。いっそ殺してくれたほうが後腐れないのに、と、心の底から思った。逃げは出来ない。誤魔化すのもだめ。ではどうすれば?

 対峙したまま沈黙が流れるまま、僕は最後の希望をつなぐべくその行動を取った。

「幸村さん。僕が捜査を妨害するようなミスをしたんならともかく、ここまでされるいわれはない。貴方の言いたいことはわかる。堺教授からも注意を受けました。そのことは反省しています。今後の信頼の回復は業務の上で果たします。わかって頂けますか。帰ります」

 それは僕がその時言えた最大限の正当な反論だった。逃げてはいない。誤魔化してもいない…はずだった。いくら僕に怒っていたとしても、ここまでされるいわれはないと僕は本気で思っていた。しかも話すだけの約束を破り、こんなところに閉じ込めるなんて、いくら感情的に許せないとはいえ、行き過ぎだとは思わないのか、と。僕はゆっくりと幸村さんの側をすり抜け、さっき閉めたドアに向かった。ドアの鍵を開けようとしたその時、幸村さんが僕の左手を掴んだ。

「なっ…え?」

 カシャン。

 幸村さんの手の中で、ヒヤッとした硬い感触が左の手首に走った。

「逃げんなよ」

 続いて、ガチャン、チキチキチキという金属音と共にドアノブにそれが乱暴に嵌められた。僕は驚愕のあまり叫んだ。

「なにするんですかっ!!」
「正論なんか訊いてるんじゃねーの。俺を納得させろって言ってんだよ!」

 寒気で冷えきった手錠が、僕の左手首とドアノブをつないでいた。それを茫然と眺めながら、血の気が引いた頭で僕は思った。ここから逃げるには、手首を切り落とす他ない。そんな推理小説を昔読んだ気がするな…と。