「まだ、容疑者扱いだったんですか…」
「いや。あれはもう遺体の妻で固まりつつあるさ。“お陰様”で」
幸村さんはやけに嫌味な言い方をした。彼は車の後ろのシートから黒いファイルケースを掴んで運転席を出ると、助手席のドアを開け、僕を手招きした。
「じゃあ…なんで僕が…」
「まぁいいから、付いて来てよ」
なにがなんだかさっぱりわからないまま外に出ると、署の裏手の駐車場だった。パトカーや護送車が10数台並んでいる。その奥に中型の倉庫のような建物があり、そこはここの遺体安置所だった。なぜか幸村さんはそこに入っていった。安置所を抜けると、控室のような部屋と、用具入れのような部屋が隣り合わせになっていた。ドアは開けっ放しになっていた。控室の奥にもうひとつドアがあった。幸村さんは躊躇なくそのドアを開けてその奥に僕を押し込み、後ろ手でドアを閉めた。カチャ…とドアをロックする音がコンクリの床に響いた。古くなった蛍光灯がブーンと音を立てていた。
「なんなんですか…これ」
あまりの強引さに辟易しながら僕は呟いた。幸村さんは平然と言った。
「責任取ってもらおうと思ってさ。自分の言ったことに」
「は?」
部屋は細長く、窓がなかった。4畳くらいだろうか。天井近くと床近くに、明かり取りのための横に長細い、アルミの格子のついたはめ殺しの窓。左右を見回すと、部屋の天井近くまでなにか置かれていて、シートが被せられていた。隙間から積まれたタイヤが覗いているのが見えた。署の古タイヤの置き場? いや、見たところそんな古くない。ああ、そうかスタットレス履かせた冬場のパトカーから外した普段用のタイヤかも知れない。ここから直接外に出られるように外に面したドアが端の方に付いていた。その外はちょうど車輛置き場だ。僕の中で一瞬のうちに推論が出た。
つまり、冬の間はここには誰も入ってこないのでは?
ハッとして幸村さんをちらっと見ると、僕が辺りを見回してそれに気づいたことを、幸村さんがわかったらしかった。その証拠に彼の口元がフッと笑った。



