教授室から出てスタッフルームに戻り、書類の整理をしてから日誌を書き、資料棚やらなんやらの施錠の確認をし、帰る支度をして自転車置き場に着いたのは午後7時をずいぶん回っていた。晴れてはいたがオリオン座が煌々と光っていて、それが今日の寒さを表していた。眺めているうちにベテルギウスがそろそろ超新星爆発するという噂を思い出した。恒星の死を肉眼で見れるなど、そうそう経験できるものではない。是非それを見てみたいものだ…などと思いながら自転車の鍵を外し、荷物をカゴに入れた。
「岡本君」
不意に後ろから低い声がした。思わず僕は瞬間的に振り向いた。夜目にも黒い人影が威圧的に立っていた。幸村さんだった。
「…はい?」
「今からちょっといいか?」
「なにを…ですか?」
「一緒に来てくれる?」
「え?」
「あれ、堺先生に言っておいたんだけど。聞かなかった?」
「…あの…聞きたいことがあるから会いに来るって言ってたって聞きましたが」
「そうそう。折角だから車の中で話し聞かせてよ。寒いから」
「…ああ…はい」
あとは有無を言わせない勢いで幸村さんは僕の手首を掴み、車が停めてあるだろう方向に歩き出そうとした。いつから待っていたのかとか考えるだけで混乱しそうなので、僕は現実のことだけに集中することにした。
「ちょ…ちょっと待って下さい。カバン取らせて」
「ああ、どうぞ」
自転車のカゴからカバンを引っ掴むと、幸村さんは問答無用で僕を引きずって行った。いつもの大学の通用門を出ると、すぐ先にシルバーのトヨタのワゴンが停めてあった。手前でワイヤレスで解錠する音がした。誤解を解かなければ…とと思いつつも、強引過ぎる幸村さんに驚いていた。だが、これが怒ってるってことなのかと堺教授の言っていたことを思い出した。幸村さんは助手席のドアを開け、僕を押し込んだ。そしてバンとドアを閉め、自分は反対側に回って運転席にドスンと座った。
「出るよ。シートベルトしてね」
「…どこに行くんですか?」
ただ車の中で話を聞くだけだったと思ったら、車が走りだした。一体どこへ連れて行かれるのか…もしや警察署? と思ったら、15分後にはその警察署に着いていた。幸村さんの職場だ。嬉しくない正解だった。車は正門を通り越して、裏手の通用門に署の建物を回って入っていった。



