僕を止めてください 【小説】




「特に、君の鑑定とは矛盾しなかったがね…私の見る限りじゃ」

 と、堺教授は教授室に呼んだ僕にそう言うと、頭の後ろで両手を組んで、椅子の背もたれに寄り掛かった。僕は途中まで作った鑑定書をクリアホルダーに入れながら堺教授の机の上に置いた。もう夕方に近かった。西日が閉めたブラインドを辛くも通りぬけ、壁に細いオレンジの縞模様を作っていた。

「気管粘膜蒼白を先に見せてあげれば済んだってことさ…岡本君」
「はい。これから気を付けます」
「焼死体だと警察はそこを気にするって君もわかってるだろ? そんな初めて焼損扱ったわけじゃなかろうし。でも、幸村くんはそこまで怒ること無いのになぁ」
「そんな怒ってるんですか?」

 僕はこの前謝罪されたことで、すでにその件は片付いているものとばかり思っていた。

「多分ね。そりゃ『岡本君のこと大変憤慨してます!』とは言わないけどさ。まぁさ、僕はなんせ定年も近いしさ、僕の替わりの教授がその時には赴任してくるにせよ、これからの世代としたら、君や幸村くんの番なわけさ。君にもこれから責任重くなってくる自覚が欲しかったんじゃないのかな? 彼、職務熱心だから…いや、岡本君だって職務熱心だよ。でも、司法の番犬である警察と、その一部だけを担う僕達じゃ、また立場も違ってくる。彼の君に対する考えがあるんだろうさ、この件。まぁ、ちゃんと話して誤解は解いたほうが良いよ。君らの今後は長いんだからさ」
「あ…はい」
「君のことを彼は買ってるんだよ。だからちょっとがっかりしちゃったのかなぁ。期待が大きいと、受けて立つ方も大変だよねぇ。でも期待されるうちが花だよ。僕はある意味諦められてるからさ。ははは」

 ヘコむような内容も構わずに堺教授は屈託なく笑った。