僕を止めてください 【小説】




 二日後にインフルエンザ明けの堺教授が、やつれた顔で少しヨロヨロしながら出勤してきた。幸村さんから鑑定の確認依頼が入ったと、僕に笑いながら教えてくれた。

「岡本君の自殺の痕跡見つけるのが早すぎて驚いた…って言ってたよ、警部補。そりゃ、僕も驚いたからねぇ、最初は。君が固まりながら指さしたあのかっこ忘れらんないなぁ」

 教授が気にしていないようなので、僕は少しホッとした。

「ええ…事件に関係してるって少し疑われてました。それに僕は驚いたんですが…」
「幸村警部補はやり手だ。その幸村君に疑われたとあっちゃあ、よっぽど岡本君のアレが驚異的だったんだろうよ。だって、焼損死体なのに気管切開する前に頸部の索痕見つけたんだって? 警察から見たらやること逆なんだよ。君の前の上司の江藤教授もこぼしてたよ。優秀なのかビョーキなのかわからんって。あははは」
「それはここでもあまり変わりありません」
「君が仕事の手を抜かないあたり、むしろ僕がサボれて良いって思うがね。もう歳だからねぇ、江藤君みたいにバリバリ出来んしな」
「すみません…任せるって言われたのに確認させてしまって。ご面倒かけます」
「ああ、いいっていいって。どうせ確認だけだしねぇ。まぁ、幸村君にも、うちのスタッフあんまりいじめないでよって言っておいたから。でもね、岡本君、嘘でもいいからルーティンに物事進めるのは案外大事よ。それは言っておくよ」
「すみません。ありがとうございます。いろいろ助かります」

 堺教授は僕の変人ぶりをあまり気にしないらしい。年の功なのか、性格なのかはわからない。でも、前職場の江藤教授の方が多分、普通の反応だ。よく僕をここに採用してくれたと思う。江藤教授の愚痴を聞いてるのに。

 嘘でもいいからルーティンをする。よく言われた気がする。母親にも隆にも。自殺の遺体の時は、意識して冷静にならねば。

 午後3時頃、先日の射創の彼の移送の話を、警察署の担当者が堺教授に説明に来た。教授室で二人きりでしばらく話していた。込み入った話なのだろう。出てきた教授も担当官も煮え切らない様子だった。その日は堺教授は例の遺体の確認は出来ず、明日に持ち越しとなった。