僕を止めてください 【小説】




「で、話ってなんですか?」
「あのさ…一昨日言ってたよな、君の特技って」
「…あ…はい」
「それって、遺体見ればすぐ分かる?」

 いきなり本題に入るのはこの人のクセかも知れなかったが、その話題は本来なら僕がもっとも忌避したい事項だった。僕はシンクにもたれてタオルで手を拭きながら尋ねた。

「特技って…あの…なんですか?」
「ほら、言ってたじゃない。自殺の鑑別。面白いなって思って。どうやって見分けるのか聞きたいな、と。遺体のどこ見るの?」

 ニコニコしながら幸村さんは僕に話を促した。謝罪後すっかり屈託のない様子で話している彼に僕は少しだけガードを緩めた。それは否定されたことを再評価されたことで、僕が少々図に乗ってたからなのかも知れない。タオルをハンガーに戻し、僕は口ごもりながら答えた。

「遺体…なくても…写真でも分かりますが」
「えぇ!? マジで?」
「あ…はい。えっと…出来ます」

 僕は自分で言ったことに少し恥ずかしくなり、幸村さんから目線を外して俯いた。

「どういうこと?」
「どういうことって…言われても…自殺は他の屍体とは違うとしか…」
「違うのか…」
「前の職場では『岡本が避けると自殺、そうでなければ他殺か事故』って言われてました…それでついたアダ名が自殺リトマス紙」
「避ける?」
「…その…苦手なんです…自殺」

 苦手としか説明が出来ない。困った僕は更に視線を幸村さんに戻せなくなり、シンクの縁に片手をついて横を向いた。

「苦手って…自殺の遺体、多いだろ」
「ええ…だからここの県が良いんです。自殺が比較的少ない…地域性っていうのか」
「へぇ…なんかトラウマでもあるの?」
「まぁ…そんな感じです。もういいですか? あんまりこの話したくないので」

 これ以上突っ込まれるのは勘弁して欲しいと思いながら、僕は話を収束させに入った。

「まぁ、誰にも苦手なものはあるけどな…法医学者が自殺の遺体が苦手って…それでよく務まるよな、この仕事」
「それでも…僕にはこれしか出来る事無いし。僕みたいな非社会的な人間でも、トラウマが利用出来るなら…少しは社会の役に立つ…わかっててこの仕事選んだんで…もういいですか? 昨日からイレギュラーで仕事が忙しかったんで僕、ちょっと疲れてて…すみませんが」
「ああ、まぁいいさ。色々悪かったな。じゃあ、また…」
「あ、もし良かったら、あの自殺の遺体の鑑定、堺先生に替わってもらいますよ」
「ああ…それもいいかな。また連絡するわ」

 幸村さんが、僕の言うことを初めて聞いてくれたような気がした。僕はそのことにその日満足していた。そう言えば、今回は1mに間を詰めて来なかったな。それが少し不思議だった。