しかし身元の割り出しには指紋と歯科治療痕しかその時点では有効ではないはずだった。しかも歯科の身元判定は、完全なデータベースがあるわけではなく、地元や県下の歯科にアナログなシステムで照会を依頼している段階のはず。そこで東京から来た射創の彼が掛かった地元の歯科がヒットしたんだろうか? そうでなければ東京への照会なんて虹の彼方のようなものだった。となると指紋の方でビンゴが出たということかも知れない。犯罪歴のデータベースではヒットしなくて、その他のデータベース…警察…自衛隊…外国人…
そうか。だから、射創なのかも知れない。
僕はその“先方さん”がどんな理由でこの遺体を全移送するのかなんとなく予想がついてきた。先方さんは多分警視庁、もしくは麻薬取締官、公安。そうでなければ事件に関与しているアジア系外国人の可能性もあるな…
そしたら貴方は…捜査官だったりするのかもね…と、僕は保管室で、保管庫から出した彼を眺めながらそんな風に思った。とてもアジア系外国人には見えないし。さて。もうお別れだ。きれいに縫合して移送出来るように準備しなければ。また、君の回りは騒がしくなるんだな。まぁ、でもされるがままというのもまた屍体にとってはある種、普通の状態だ。カラスについばまれるのと、僕達に切り刻まれるのと、屍体にとってなにが変わろう? だから今はここでの最後の1日を僕と一緒に居よう、と。



