この23番遺体の鑑定書作成では、僕は極力画像には関わりたくなかった。出来れば引用写真の通し番号を鑑定書に記入する仕事も菅平さんに任せたい。この件は例のハプニングのせいで、寸止めが利かなさそうで不穏な予感がした。インフルエンザから復帰した堺教授に丸投げという手もある。それが一番だ。そのほうが幸村さんの変な疑念を払拭することにもなる。そうだ、アヤシイ僕がずっと担当していることはないのだ。それを直接幸村さんが堺先生に頼むように密かに仕向ければいいんじゃないのか? その替わり僕は射創の彼を全部観ますから許して下さい。僕は一石二鳥のその考えを評価した。
射創の彼はなんと言っても清々しい遺体だった。死んだばかりの遺体の、機能や動力源が失われてしまったことを不思議そうにしているあの僅かな浮遊感がたまらない。あの熟度の高い腐乱した深い深い蕩けるような沈黙とはまた違う魅力だ。また一緒に居たい。なんにせよ一緒に居たいのにはどの遺体でも変わらないけど。
そろそろ解剖時に出した薬物検査と生化学検査の結果が帰ってくる頃だ。検視の時に指紋を取り、犯罪歴を確認したが一致は出てこなかったという。歯科治療痕からの追跡が上手く行けば身元は割り出せるが、行方不明者や家出人の照会もまだ反応がないらしい。死斑が下半身に多く、死後、長時間の座位姿勢の可能性を示唆していた。車に乗せられて長距離移動したか、椅子などに拘束されたまま殺害されたとか、そのような状況を表すのかも知れなかった。
警察も僅かな手がかりを待っている。例の肋骨にへばりついていた金属片が何かに引っかかってくれたら、この遺体はここで弄くられることもなくなり、火葬されて灰になり、エントロピーの増大の中に更に散じていくだろう。その広大な静けさを感じながら昼休みに恍惚としていると、丁度その遺体を管轄している遠方の警察署から連絡が入った。



