驚くべきことに、なんとこの件は“俺のこと好きなの?”ではなかったのだ。僕は自分の危機意識のユルさに呆れた。しかし事態は厄介なことになった。この人がスッポンのような噛み付き方をするのはよく知っている。納得してくれるまでは離してはくれないだろう。どこまで、どう話せば許してくれるのか見当もつかない。

「恥ずかしかったのはこっちの方だっ!」

 ため息をついた僕を見て、いきなり幸村さんは叫んだ。どうやら自分が被害者だと主張したいようだ。

「逆ギレはひどいですね」
「逆ギレは君が先だろ?」
「え」
「逆ギレ」
「いや、わかります。日本語だし」
「君がさ…」
「触ってきたのは幸村さんですが」
「勃ってたのは君だ」

 臆面もなく幸村さんは平然と言った。何て恥ずかしいことをそんな直截に…僕は自分が赤面しているのがわかるほど顔が熱くなった。うわ…これは気持ち悪い。赤面なんて漫画の上のファンタジーかと思ってたのに。顔が熱くなるというのは非常に鬱陶しい感触だった。耳の中にザーザー水が流れるような音がする。

「そんなこと臆面もなく言う人が、恥ずかしかったとか主張しないでくれます?」
「それは違うぞ。恥ずかしくったって、言わなきゃいけないことははっきり言うぞ」
「あ…そうですか…」

 意味はわかる。気持ちはわからない。

「とにかく…僕がこの件になにか関わってるとお思いでしたら、なにか証拠でも掴んで令状でも取って来て下さい。あの23番さんとは今日が初対面ですよ。赤の他人で、住んでるところも遠いし、それになんで僕が自殺だって知ってたらどこの誰に得があるんですか? もし奥さんと関係でもしてるんなら、それこそ自殺だって言うことを逆に隠したほうが保険金も山分けできますよね?」
「いや…自殺幇助の線だって有り得る」
「いや、だからそれやってどうなるんだっていうんです」
「後で考える」
「泥縄ですね。ではどうぞ、時間をたっぷり無駄に使って後悔でも達成感でも好きなだけ手に入れて下さい」
「おお〜言うねぇ。容疑者自信あると見た。だがそれはよくあるフラグだぞ」

 嫌味を言ったら嫌味を言い返されて、そののち二人でグッと黙った。変な対峙だった。無駄な時間はもう始まっている気がした。