スタッフルームで軽い昼食を食べ、水分を補給した。菅平さん(すがだいらさんと読む…僕はすがひらさんと何度も言って怒られた)が途中で入って来て僕を見つけると例の遺体の件を報告してくれた。
「保管室の23番に入ってます。解剖室に移動しておきますか?」
「あ、すみません。助かります。お願いします」
「射創どうでしたか?」
「ああ…貫通です。でも肋骨で一回かすかに曲がってる。そこに金属が擦れてたんで。弾丸の特定範囲は少し絞られるかな」
「科捜研送りですか」
「午後の遺体の分と合わせて送ります。後でまとめておくんで、発送よろしくお願いします」
「わかりました」
必要最小限しか僕と話さない菅平さんにしては、よく喋っていった。この教室の唯一の女性スタッフ(パート)だ。堺教授が居ないからだろうか。気を遣ってくれているのかも知れない。
1時間の休憩を終えて、僕は手を洗い、解剖室に向かった。幸村さんが“先入観なしで”と言ったことが引っ掛かっていた。きっと鑑定の過程で色々な可能性が出たのかも知れないと想像した。事件性があるかないかの決定打はこの司法解剖に掛かっているということだろう。僕は解剖室のドアを開けた…
そこには顔と首が炭化した焼死体が横たわっていた。その瞬間、僕は猛然と白衣のポケットを探った。常に入っているはずのミントのスティック。それを立ち尽くしたまま両手で探した。なにがここで起きるか、容易に分かった。だが、事態は不測の状況を呈した。
…な…い。
頭の中が一瞬白くなった。数秒後に襲ってきたものは、紛れもない、例の発作だった。膝が折れた。瞬間的に僕はシンクの縁に手をついた。続けて腰が抜ける。
「あ…」
僕は振り向いて、震える手で戸を引いた。ピシャッと音を立て、勢いに任せて戸が閉まる。すでに息が上がっている。顔を上げられない。身体をくの字にして下腹部の熱さに耐えるが、唐突に始まってしまったそれに不意打ちを喰らい、僕はカウンターを入れられた格下のボクサーのように戸口に追い詰められていた。すべてが迂闊だった。僕は自分の迂闊さに深く失望した。



