僕を止めてください 【小説】





 誰の投影もされないように、僕は彼の沈黙を邪魔するファクターをひとつひとつ取り除いていった。この遺体は県境近くの林道からずっと奥に入った山中に埋められていた屍体で、測量の作業員が土砂崩れの中から偶然見つけたらしい。射創(銃による痕)があるとのことで、堺教授からX線による弾丸の探索を任されていた。寒い時期だったのと、埋められてからそう経ってないらしく、腐乱が最小限に抑えられていた。身元の割り出しが済んでいない。歯の治療跡があるので、データベースに照会中だとのことだった。

 胸に貫通痕があり、おそらく弾丸は体内には無いだろうと思われた。金属片くらい出ると良いと思いながら遺体と共にレントゲン室に入った。X線、各種検査…と、様々な洗礼を受け、屍体はただの屍体として干渉を離れていく。生きた人間は彼に語らせたい。だがそんなヒューマニティを僕は感じたことがない。社会正義で僕はここにいるわけではないと、法医学教室で学生時代に学び始めてから、それを痛切に感じた。僕は屍体と一緒に居たいだけ。静かにさせてくれと言いたいだけ。生物の勉強と同じだ。僕は生と逆方向にしか動機を感じられない。僕が司法解剖をするのは、その生きている人間の営みから屍体を解放したい、それだけだ。

 社会正義や遺族の悲しみとは明らかにズレた場所で、僕は一見有能な法医学者として存在する。法の番人ではなく死者の番人として。それは秘密だ。誰にも言わない僕だけの秘密。なんでも言ってしまうのは良くないというのを、僕は母から言われたとおりに守っている。

 銃弾があれば剖出する手はずだったが、画像を解析してもそれは残留してはいなかった。ただ、射出口の直前の肋骨に弾痕があり、骨に弾丸の一部と思われる金属片が細かく付着していた。僕はそれを剥離し、ポリエチレンパックに入れた。それらを終えて報告を書き込むと、既に午前は終わっていた。