「岡本君? 俺、幸村だけど。これからそっちに遺体回すからよろしく。ごめん、詳しいことは調書見て。これから現場でさ。取り敢えず先入観なしで見てって堺先生に伝えて」
「わかりましたが、堺先生、今日はインフルエンザで休校ですよ」
「あっそう。じゃ、岡本君よろしく」
「午前中は予定詰まってます。午後からになりますけど?」
「構わないよ。よろしく」
三回もよろしくと言われてはよろしくせざるを得ない、と思いながら、幸村さんの言う遺体の受け入れを補佐スタッフの菅平さんに頼んで、昨日から準備していた午前中の予定に移った。僕は遺体保管室へ向かった。
地下1階のフロアを右に曲がると、蛍光灯の入った表示灯がドアの上にぼんやりとクリーム色の光を投げる。
遺体保管室。ここが僕のサンクチュアリだ。
保管室の空気はいつもひんやりとして心地良かった。ここの静けさは僕にとって無類の慰安をくれる。ステンレスのドアを開け、上から順に遺体を確認していく。名目は確認だが、僕にとっては里帰り…いや、それ以上の何かだった。ずっとここに居たいといつも思いながら、時間に追われ仕方なく作業を始める。冷蔵保管庫から台車の付いたステンレスの解剖台に遺体を移した。
屍体は語る…と僕は思わない。屍体は黙っている。黙ってるというか生から解放されている。誰にもそれを妨げることは出来ない。僕は屍体の言葉を聞いたことはない。しゃべるのは生きている者だけだ。屍体に何かを投影するのは生きた人間のすることだ。僕にはなにも聞こえない。永遠の静けさの中でただ存在するだけだ。そう、自殺の屍体以外は。
僕は仕方なしにステンレスの台車を押しながら隣の解剖室に移った。それでも屍体と一緒に居れるこの時間は僕にとって替え難い時間だった。



