僕を止めてください 【小説】




 幸村さんはその例の連続放火事件の指揮を取っていて、そのつながりで期間内の他の火災の報告を漁っていたらしいが、この昼寝中のタバコ不始末の火災報告を読んで、死体見分のみで検視が居ないことに気づいた。先程も言ったように、火災での遺体は基本的に検視対象になるのに、これは比較的珍しいケースだと言えた。

 連続放火には関係ないとわかってはいたものの慌てて保険金の照会をさせ、火災の第一発見者が受取人である妻だったと判明した。そのあと火葬の直前にギリギリのタイミングで検視を入れることが出来、そこからこちらに遺体は移された。焼死ではなく、“焼損死体”である可能性が濃厚となったからだ。

 焼損死体とは、焼死以外の死因で死亡した後に、焼けて変化した死体のことである。死因が焼死である“焼死体”とは、同じ焼けている屍体でも意味が違うのだ。焼死以外の死因で死亡した、ということは、この遺体には犯罪性が隠されている可能性がある。つまり焼死と偽装された殺人だ。焼死に偽装する殺人は多い。焼けることによって殺人による遺体の損傷を隠すことが出来ると犯人が考える。

 それで、火災時の遺体における法医学的意義は、まず死因の特定、個人の識別情報、自殺、他殺、事故、過失の鑑別である。屍体が焼かれた場合の状態と、生きた人間が焼かれた場合では、異なる現象が起きてくる。

 というわけで、検視時にこの遺体の男性は火災時にはどうやら生活反応がすでになくなっていた。血液中の一酸化炭素濃度の低さと、火傷の裂傷から血液の漏出がなかったのが決定打となり、ようやく事件性を認められて司法解剖の認可が下りた。堺教授の出番…のはずだった。
 
 朝の8時頃、出勤の準備をしていると僕の携帯が鳴った。堺教授の奥さんからだった。

「すみません、岡本さん。うちの主人が今朝高熱が出てねぇ、布団から起きられないんですよ。多分インフルエンザだって思うんですが、今日は岡本くんにお願いしたいってうちのがね…」
「わかりました。病院に行って、病原菌の特定して早く治して下さい。先生によろしく」

 僕が法医学教室のスタッフルームに着いた時、また電話が鳴った。今度は幸村さんからだった。