幸村浩輔は警部補だ。ノンキャリアだが頭の回転が早く、僕が知る限りでは捜査勘はそれ以上にずば抜けていると思う。多分その頭の回転は、勘というワープ効果で大半の速度を出しているものと思われる。叩き上げの現場主義で、組織の中ではよく見えるがゆえのストレスも多いとこぼしているが、その割に生来の楽天家のようで、クヨクヨ考えないらしい。本人曰く、「反省はせずに、考え直す」をモットーとしている…らしい。
もうすぐ不惑になる、とか言ってたから、まだ39なんだろう。“楽天家でクヨクヨせず執念深い”。それははっきり言って捜査以外ではタチが悪いの一言に尽きる。捜査以外の僕が言うことを意に介さない。ベッドの中の僕の性格も意に介さない。僕の嫌味や拒絶を散々受けても自分の好きにする。ある意味変態だ。ドSなのかドMなのかわからなくなってくる。
身体をしつこくいじり回されているうちに、落ち着いてきたはずの自殺の残り香が再燃してくる。この人にされているとそういうことが往々にしてある。鬱陶しいような、後ろ髪を引かれるような、えも言われぬ気分になる。生きている人間にこんなに近づいて来られたのが久しぶりだからなのか、どうなのか。不思議だ。
どうであれ、僕に関わった誰かが不幸になるのは見たくない。
僕は淡々とした仕事だけの関わりに戻って行きたい。でも、そうさせないという意味不明な意地を張られている。僕から自白を取りつもりでいる。“幸村さんが好きです”という…思ってもいないことを言うのは、自白とは言わない。刑事による取調べ中の強制自白というやつ。それは虚偽だ。そこに嘘はつけない。
しかし仕事のことで言えば、この人の持ち込んでくる異状死の事件性の高さは並じゃない。彼が手がけ、僕が解剖した遺体の最初のヤマからしてそうだった。それは実際には殺人が病死に見せかけられていたのだが、ほとんどの証拠は病死を指していた。捜査の必要性なしとの上の判断に食い下がり、司法解剖になったのは彼が言い張ったからだった。血液からかすかに青酸の反応が出た。僕は薬物の詳しい毛髪検査を要請した。長期に渡る微量の青酸の摂取は、毛髪に蓄積する。それで捜査は展開を見せた。
それ以来、彼は僕に関心を示すようになった。いくつかの案件を彼と協力して前に進め、そのせいでか法医学教室によく出入りするようになったと思った間もなく、僕がミントの携帯用スティックをなくしたせいで、幸村さんにあれを見られるはめになった…例の発作を。
それは冬ならよくあるであろうイレギュラーな勤務から始まった。



