僕を止めてください 【小説】





「少なくとも、お前が堺先生の下に入って、屍体の出てる事件は解明率は上がってんだ。変人だろうがなんだろうが俺はお前のこと評価してるんだぞ」
「前の職場より楽ですよ。遺体の数少ないし」
「まあ、あそこは東北でも大きい政令指定都市だしな。人口が全然違う」
「それに…自殺が多くて…」
「統計的に日本一だからな、あそこは」

 変人の烙印は時として有利な方向に働く。僕は自殺の遺体の直接の執刀は極力避けていた。スタッフがいるから出来ることだが、少なくとも2年前まではそれでも法医学教室は回っていた。おかげで自殺の扱いで運び込まれた遺体を僕が執刀しているとこの件は自殺ではなく、僕が逃げると自殺遺体だと言われるまでになった。定期的に教授から苦情を言われたが、自殺以外の遺体の解剖については馬車馬のように働いたので、ある程度までは大目に見てもらえた。それもこれも業界の慢性的な人手不足があってのことだ。僕のような問題児でも使わざるを得ない。

 しかし、例のアメリカ発の世界的な経済危機の影響ででリストラや倒産がいきなり増え始めてから、自殺者が激増した。監察医制度のないこの地域では、承諾解剖と呼ばれる遺族からの要請によっても自殺遺体が増えていった。だんだんと曖昧な逃げは通用しなくなり、僕も上司も僕の仕事ぶりに限界を感じた。

 そうこうしているうちに、いたって珍しい新人の加入をキッカケとなり、僕は前の職場に見切りをつけ、ここの募集に応募した。今の職場は僕を含めて執刀医は2人。つまり、教授と僕、以上終わり…である。あとは検査員が1人と作業補助要員が2人。

「そのおかげでお前がここに来たんだから、俺らとしては変人だろうがマッド・サイエンティストだろうが大歓迎だしな。なんたって堺先生1人じゃ、どうにもならん。パートもしょっちゅう変わるし。いないし。まぁ、△△医大よりはマシだけどな。でも、ここだっていつでもそうなりかねないし…」

 あまりにも人出が足りない△△医大の法医学教室は職員の異動があり、スタッフの欠員が埋まらずに、3ヶ月前に司法解剖の受け入れを休止した。執刀医が1人では、講義との両立は地獄だったろう。しかしこの業種においてはどこも人材難が深刻なのだ。ここも、僕が来なければ△△医大と同じ末路を辿っていたかもしれない。しかしここの自治体の自殺率は前職の地域と比較すると格段に低いのだ。県民性なのか行政の努力なのかは知らないが、それでも僕はここの法医学教室はその意味では楽だ。この人の介入を除けば…

「ずっと…居ろよ」
「ええ、そのつもりですが」
「いつか落としてやる」
「殉職しますよ。色んな意味で」
「生意気言うな」

 身体を組み敷かれて有無をいわさずキスされる。これは抵抗しても無駄なパターンだ。また犯されるんだろうな…と舌を入れられながら僕は思っていた。無駄に元気な人だ。