では、今は何の罪を負ってるのだといえば、君のおかげで品行方正になってる現在の自分の咎ではなかろう。私は改心した。それは認めよう。ああ、だがまるで新約聖書のサウロのように、過去の罪故に私は心を打ち砕かれるような試練を負っている。改心した悪党は過去の罪に身を焼くのだ。

 だが私と違い過去にも現在にも罪のないヨブという男ですら、試練を受ける。罪のないこの男は、その罪のなさに於いて、面白半分に悪魔に試されるという試練を得た。愛する我が子らを奪われ、財産を取られ、畳み掛けるように重い病で神に試され、それでもヤツは神への信仰を貫いた。私は到底今世でヨブに成れることはない。だがしかし、昔は嘲っていたあのヨブの言葉が今は心をえぐる。それほど今は私の空っぽな心に響く。

 『我々は神から幸福を頂いた。なれば、災いも頂こうではないか』。

 君がくれた苦しみを私は味わう。愛さなければ決して出会わなかったこの苦痛を。好きだよ、君が大好きだ。砂を噛んでその味気なさに私は悶える。それを日々の糧にしよう。でも今は、苦しみすぎて心が死んでしまわないように、罪と罰とで自分を贖っている。

 まだ君を好きなんだ、どうしようもなく。まだそれを感じていたい。どうしようもなく。

 暗いバスルームで作られた雨に打たれながら、私はまだ余力が残っていることを思った。その余力を私は恨んだ。バカだな。ほんとにバカだ。いつの間にか私は笑っていた。タイルに座ったまま両膝を立て、その膝を両手で抱えてそこに顔を伏せた。

 笑ってる。うん。今、笑ってる。

 この言い知れぬ可笑しさが終わったらバスルームを出よう。そう決めて、そのまま長いこと私は笑っていた。太腿に刻まれた消えない傷跡を指でなぞる。いつの間にか癖になっていた。昔からいつも、いちばん気づいて欲しい人はなぜか気づかない。こうやってひっそりとダメになっていくのを君に見つかりたい。あの時みたいに拳で殴ってくれないか。こんな私を見つけてさえくれたら、私はそれで殺されてもいい。すると、殴られて口の中を切ったあの時の血の味が不意に舌の上に甦った。ここでこれか。こんなところで、いまさらなにを。呆れて笑うことをやめた。そしてもう一度微笑んだ。

 キスの味…かな。私はゆっくりと目を閉じた。




 −fin−




 ED:『TREE CLIMBERS』 木村カエラ