もう出るものが無くなり勃たなくなると、のろのろとバスルームに入りシャワーを浴びた。無駄に広いバスルームの、無駄な水圧で痛いシャワーの中で壁のタイルにもたれ掛かった。なぜここに居るんだろうか。意識がある思考がある感覚がある感情がある…こんなもの、なぜ洗い流してはしまえないんだろうか。頭からシャワーの雨が降り注ぐ。温かさの中でもわずかな寒気が拭えない。なにも私を慰められない。何ひとつ慰めになるものがない。ただ時間を埋めてくれるだけ。だが、それでもそれだけでもマシなんだな、と不意に気づく。

 思い起こしてみれば、何ひとつ報われていない自分の運命に今更ながら絶望を感じていて、そのことに自分自身がっかりした。自分がこんなに弱くなれるのかと呆れる。人の心は思い通りじゃなかったのかい? 好き勝手やってたじゃないか、快楽を貪って。いままでずっと。ああ、やってたさ。本気じゃなかったんだ。溺れるような深いところで泳いでいなかった。ただそれだけだ。もっと泳げると思ってた? そうだな、もっと泳げるって…でも溺れた。海は広いからね。大きな波にさらわれた。とても大きな波だ。プールとは、違うんだよ。

 虚脱感に耐え切れず、タイルに倒れこんだ。叩きつけるようなシャワーの中で泣いた。ずぶ濡れで自分の涙が見えないのが良かった。持ってかれたなぁ…本気で抜け殻だ。抜け出す気力もないほど、胸元をえぐって持って行かれた。あとは血を吐くくらいが関の山だ。いずれそれすら出なくなる。その前に離脱できる気がしない。逃げ足は早いつもりだったのに。打ちのめされて突き落とされてもなぜ、ここにいる? 答えはわかっている。離れられないからだ。君の姿が見える場所から。

 心を奪われるというのはこのことかと、タイルの硬さの上で私は唐突に理解した。言葉とは巧みなものだ。それは思ったより悲惨な慣用句なんだな、と私は心の底から虚脱感に襲われた。この空虚さは埋めるすべがない。それどころか埋めることすら拒否していると感じた。君が奪っていったものを、他のもので埋める気がしない。どんなに打ちのめされようとも、それは明瞭なものとして感知された。それどころか埋められないことの誇らしさがそこに存在した。それに自分で唖然とした。打ちひしがれて気が狂いそうな自分と、その高貴で誇らしげな自分ははっきりと二分していた。ここに救われない溝があるんだ。厳然とした強者と弱者の溝。自分の中にありながら、それは自分では埋められない。埋めるすべがない。君以外には。