「ちっくしょう…ムカつく」
「お互い様だって…隆」
「悔しいんだよ。あいつの方がお前をわかってんのに…あいつはなんでお前じゃなくて…俺なんだよ」
「ううん…あの人って誰のこともよくわかってるよ。だから僕だけじゃない。あの人は…寺岡さんは…誰かをわかるより、誰かを本気で好きになる方が難しいんじゃないかな」
「わかったようなこと言うなぁ…いつもながらおめぇは」
「だって…本気なんだ…もう悲しくなるほど本気なんだ。あんなずる賢い人が、隆のこととなると、損得考えないんだ」
「いや、もうアイツの事はいい。今はお前のことが先だ」

 そう言うと、隆は左右の手で僕の両手を取った。そして、唇を噛んだ。しばらく黙ってから、隆は口を開いた。

「…寺岡から…聞いた。俺は、お前に言わなくていいことさんざん言ったわ。戸籍も俺が余計なこと言わなかったら、お前はまったく眼中無かった。ごめん。ほんと悪かった。ほんとに…悪かった」
「ううん…いいんだ。どのみちいつかわかっちゃうことだったんだ。母親と父親が言わなくても、自分で戸籍を取れば、結局わかっちゃう。そんな状況、これからいくらでも来るよ」

 隆は首を横に振った。

「もう少し大人になってからでも良かったんだ…まだお前…15だろ。一番多感なときに…これはねーよな」
「あのさ…隆言ったじゃない」
「なにを?」
「思いも掛けないところで望んでもいないのに、炉の中に放り込まれて溶かされて、打たれて、勝手に形を変えられていくって」
「…よく覚えてんな。俺、そんなこと言ったか?」
「うん。覚えてるよ。みんなそんな目にあってるよね。人生ってそういうものなんでしょ? だったら僕だけそれから逃げられはしないんだろうって…今はちょっと思ってる」
「可哀想だけど…それは、そのとおりだ。そんな目にあって欲しくねぇのは、俺が親バカだからだ。他のやつだったら『耐えられなかったらそいつが弱ぇだけだ。死ね』って思う。でもお前にはもう思えねぇな…」
「ああ…確かに最初に死ねって言われたよね」
「悪かったって…マジでやるやつだってまだ分かんなかったんだわ」

 それは、あれ以来ずっと見ていた夢から覚めていくような感覚だった。だんだん認識が現実へと戻っていくのだろうか。ベールをかぶっているような感覚が薄紙を剥ぐように次第に晴れていく。だが、その下から最初に顕れたのは、紛れもない痛みだった。