僕を止めてください 【小説】





「君は感情を切り離してて自分がどうなってるかわかってないからよくよく言い聞かせとく。きみ、気が狂う寸前…いや、もう狂いかけてたんだぞ! 手遅れかもって思ったけど、すんでのところで君を助けたのは小さい裕だ! 君は君の中の裕を世話してるつもりになってるけど、ほんとは君があれに救われてるんだからな! 君の症状がひどくなっていったら、二重人格か解離性障害だ。そしたらどうなる? 正気に戻らない君の崩壊を嘆いて、この男がまた自殺しかねないんだぞ! 今だってちょっと押せばまたウツに戻る! 君がまっとうに社会で成人して生きて仕事して、コイツが立ち直るまで普通に生きなきゃなんないんだって! ほんとにこの筋肉バカが大事なら、自分がどういう状態なのか、ちゃんと教えてやるからちゃんと受け入れろ!」

 寺岡さんは一気にそう言うと、僕から両手を離し、僕の胸ぐらをつかんだ時に落とした保冷剤を床から拾い上げて、また赤く腫れた頬に当てた。一言言うたびに言っていた“痛い”をいつの間にか言わなくなっていた。

「…薬…効いてきたんですね」
「ああ、そうみたい。一気にこれだけ喋れたらまぁ満足だね…ってなに? 裕君それ新しいボケ?」
「あ…いえ…良かったなって思って。あの…なんか…わかりました。ごめんなさい…ずっと夢の中にいるみたいで…自分のことよくわかんなくって…隆のことも全然わかってなかった…」
「いやいやいや…見えてないことなんか怒ってないって。だいたいピンチだから見えなくなってんだし。絶体絶命なのに言うこと聞かないから」

 寺岡さんはため息をついた。

「後は任せた。小島君、裕君の話し聞いたげて。私はあっちで寝る」

 そう言いながら寺岡さんは押し入れからタオルケットを出し、それを抱えて出て行こうとした。だがいきなり彼はドアの前で振り向き、隆を睨んで指さした。

「言っとくけど、この私のベッドでだけはいちゃつくなよ! 親子なら親子らしく清らかに労り合え。このインラン親子!」
「しねーよ! お前じゃあるまいし!」
「は! あとでこの埋め合わせ楽しみにしてるよ、小島隆。借りの大きさに慄くといいわ!」
「ああ、楽しみにしとけ、倍にして返してやるよこのお節介クソ変態野郎!」

 その隆の言葉を背中で聞きながら、バタン! と勢い良くドアを叩きつけて寺岡さんは出て行った。一応、これも売り言葉に買い言葉とはいえ、それなりに精一杯でお互い次につないだんだな…と僕は少しホッとした。