黙った隆に寺岡さんは畳み掛けた。
「わかるよ。君が裕君に近づけないのは。当然だ。殺しかけたんだから。罪悪感でまだ死にそうなんだろ? わかってるよ。だけど裕君はそれを自分のせいだって罪悪感で、これまた君に近づけない。そしたら、私が君に殴られるの覚悟で裕君との約束破ってでも損な役買って出るしかないじゃん! ああっ…痛いなぁ畜生!」
「覚悟してたのか…」
「それくらい予想できなくてどうするよ」
「でも…全部言うなんて…」
「その約束、破るよって前もって言ったんだけどな…」
「あ…あれですか? あのとき言ったのってそう言う…わかんないよ!」
約束を破ったことは別として、一言話すたびに顔を歪めて痛がってる寺岡さんが可哀想だった。色々問題はあるにせよ、僕の為を思って殴られてくれたことは間違いないだろう。僕は自分で切った手首の傷の痛みを止めるために、母に痛み止めを飲まされたことを思い出した。
「あの…痛み止めとか飲んだんですか?」
「あ…その手があったか。飲んでくる。歯茎まで痛くなりやんの…チッ」
クルッと背を向けて、寺岡さんはリビングであろう方向にスタスタ去って行った。その背中を横目で見て、姿が消えるのを待ってきまり悪そうに隆が僕に言った。
「お前がピンチだっていうのは寺岡の言うとおりだよ。俺よりもそれをよくわかってあいつがお前に色々やってるってのもわかるよ…」
「僕を落としたのは…もしかして…隆を呼ぶため?」
「ああ。そうだって言ってた。お前と押し問答になるのわかってたし、またパニクられると俺に電話も出来ねーってことでやったってよ。で、殴っちまった」
僕と隆は二人とも違う理由で寺岡さんに怒って、違う理由で寺岡さんを弁護していた。複雑怪奇なその現象に、僕達はだんだんわけがわからなくなった。
「歯医者の薬の残りがあってよかった…」
そう言いながら消炎鎮痛剤を飲んで帰ってきた寺岡さんに、僕は聞いた。
「あれを…言ったんですよね…」
「ああ。言ったよ…いい加減にしてくれ裕君。君にとっては約束破ったしおせっかいだって知ってても、譲っちゃいけない選択ってのがあるんだよ」
寺岡さんはいつになく怖い口調でそう言った。僕は黙った。
「裕、それはこいつの言うとおりだ」
隆が寺岡さんの前で、初めて彼の意見を肯定した。それを聞いた寺岡さんは、茫然と隆を見つめていた。



