深い海の底から浮かび上がるような感覚がかすかにしていた。遠い意識から認知できるものは極少なく、前後の記憶も定かではなかった。だが、不思議と安心感に包まれていた。

 少しすると、自分がなにか柔らかいものの上にいて、なにかに包まれているような気がした。かすかに上下する背もたれ…背もたれっていうからには僕は何かにもたれているのだろうが、それを僕はよく知っていて、疑うことのないなにかだった。なぜかすかに上下するのか、僕はそのゆったりした波に身を任せていた。僕のお腹の辺りになにかが乗っている。そうだった。それに僕はよく触れていた。そう…こんな風に手を重ねて…

 大きな手があった。僕は朦朧とした中でその手を確かめた。誰かに後ろから抱きとめられている。隆みたいなことする…こんな風によく座椅子みたいに寄っかかっていたっけ。懐かしいな…もう、ずいぶん会ってない。僕はうっすら目を開けた。やっぱり僕のお腹の上に大きな両手が組んであって、それは誰かに似ていた。いや、実際それはそのものみたいに見えた…

「あれ……?」
「目…覚めたか」

 僕は目を見開いた。その…声…? 驚いて一瞬で意識が戻り、振り向いたその先に、隆の顔があった。

「…な…んで……?」

 状況がまったくわからないまま、僕は驚きのあまり、隆の顔を見上げたままそう言って絶句した。

「寺岡のバカに呼ばれた」

 それを聞いて僕は全部を思い出した。寺岡さんの部屋に来て、そこで起こったことを。いつもの押し問答と狂った小さい裕、縊死の画像は父の遺影…捨て子の僕。捨て子を拾って抱く人。そして、唐突に頸動脈を絞められて落ちた深い海。

 僕は辺りを見渡した。知らない部屋に居る。僕と隆が乗っている、これはベッドだ。壁に本棚がある。

「ここ…まだ寺岡さんち?」
「ああ…あいつのベッド」

 なにが起きたんだろう。僕は訳がわからなかった。寺岡さんはどこに居るんだろう? そして気づいた。一番居てほしくない人が、僕を抱いていることに。嫌な予感がした。