縊死。
真っ白いロープ。
二本の足は宙に浮いていた。
下から僕は見上げていた。
ようやく一緒に遊んでくれる。
お父さん。
なんでお話してくれないの?
なんでだまってるの?
(お父さんだ。ようやくあえた)
小さい裕は叫ぶのをやめていた。いつもの小さな声で、僕に話しかけていた。僕は茫然と画面を見ながら呟いた。
「…お父さん…って…」
僕は目を閉じた。
「お父さん…って…裕が」
「裕くん」
「おとう…さん…って…」
「そうか…そうだったんだね…」
寺岡さんが僕の頭を抱いた。
「行っちゃった…僕を置いてった……僕を置いて…なんで…連れて行ってくれなかっ……」
父は行ってしまった。僕が一番行きたかったそこへ、先に逝ってしまった。
「置いて…行かないでよ…僕も屍体…なんだよ…お父さん…」
父に置き去りにされてこっちに取り残された僕は、どうしたらいいのかわからなかった。わからないから、屍体の母の中に戻った。僕のシェルターだった…たったひとつの僕のシェルター…だったのに…
この画像は置き去りにされたあの日に僕を連れ戻していった。僕だけこの世界に取り残されて、僕は死者ではなく、生きている人達の中に…熱の中に…生きる欲望の世界に置き去りにされたあの日に。お母さんもお父さんもいなくなったあの日に。
「いや…だ…生きてるの…やだよ……やだぁ……いや…だ…うっ…」
そのとき、僕の身体の中であの熱が弾けた。僕は腰から砕けそうになり、咄嗟に寺岡さんの身体にしがみついていた。いつの間にか小さい裕の声は止んでいた。その声は僕の声だった。独りでに涙が落ちた。寺岡さんの指がそれをぬぐった。寺岡さんの身体に触れているところが痺れるように感じていた。
泣きながら身体が敏感になっていく。生きていることを身体がなぞる。突き放されてこっちにきてしまった。それを僕の身体は意志とは裏腹に貪り始める。生きている熱を。静寂が壊れていく。夢が覚めてしまったみたいに…ノイズが耳の奥に響く。
「あぁ…あぁ…あぁ…」
「来たんだね、裕君…」
「嫌です…でも…と…止まらない…」
「でも、あの日より…辛そうじゃないように見える」
あの日…そんなこと…もう…どうでもいい…息が上がる。
「どうでも…いい…はぁ…はぁ…」
「抱くよ」
「好きに…すれば…い…」
言葉の途中で唇が奪われた。再びゆっくりとカーペットの上に僕は押し倒された。小さい裕はどこかへ消えていた。最後まで遡れたからかな。良かった…ね…裕…あ…
首筋に寺岡さんの唇が押し当てられた。僕はどこかで抗うことを諦めた気がした。また失った世界をどうやって取り戻すのか、も。
僕は捨て子だ。それが僕の本当の名前だった。



