「そうしなきゃ…生きられなかった…そう…だよな」
「よく…わからないですが」
僕よりもなぜか寺岡さんの方がダメージを受けているように見え、僕は戸惑った。
「そんな…酷くもない…ですよ。だってそれが、僕の普通だし」
「ああ…そうだね…誰でも普通なんてものは幻想だよ…君だってそう…でもさ…」
寺岡さんは僕を手の隙間から覗いた。それから両手は下に下がり、それは口元だけを覆っていた。再び顕れた寺岡さんの目が潤んでいた。なぜ? なぜそんな風に僕を見るんだろう。
「寺岡さんが悲しむことは…ないです」
「勝手にさせろよ。私の感情は私のものだ」
「恋敵ですよ、僕」
「小島君が大事にしてるものを私は大事にしたいんだ。それだけだよ…裕君」
それは驚くような告白だった。僕は言葉を失いかけた。
「ま…さか…隆の…替わり…に…?」
「君が悲しめば…小島君は悲しむ…私は…聖人君子じゃないよ…君の向こうに…小島隆を見てるだけだ」
「それでも…それでも! それでいいんですか!?」
「うん。いいんだ…これがさ」
寺岡さんは僕に微笑んだ。
「君はすべての生きている人の向こうに、死んだ誰かを見てる…誰にでもイカされて、誰にでも抱かれる…それで君を愛する人を受け止められずに苦しむ…でも私だけは違う…そうでしょ?」
寺岡さんの指が僕の頬に触れた。
「私だけは君と一緒だ…君の向こうにあの男を見てる…君は私だけにはその罪悪感を感じなくて済むんだ…私がもし君を抱いても君を抱いてるんじゃない…私はその向こうの誰かを抱いている…君がどんなに誰かの体の下でよがっても、自死した屍体に抱かれているのと同じ…違う?」
ゆっくりと僕は寺岡さんにソファに押し倒されていった。



