特に大した話もなく、アイスティーを飲み終わると店を出た。雨は降っていないが、湿度は高く、店の空調から出たばかりの身体には不快な暑さだった。路上のパーキングに臙脂色のセダンが止まっていて、メーターにコインを入れた寺岡さんが僕に車に乗るように言った。10分ほどでマンションに着き、その5分後にはまた、あの部屋のあのソファに座っていた。部屋のクーラーは程よく効いていて、快適ではあった。
「蒸し暑いね…梅雨、そろそろ終わらないかな」
寺岡さんがアイスコーヒーをグラスに入れてソファに持ってきた。前とは違い、長いソファに寺岡さんは僕と並んで座った。
「君は夏、不得意だろ?」
「ええ。暑いのはダメです。うるさくて集中できないです」
「不便だな…それ」
僕はカバンから英語の教科書を取り出した。
「では、本題に…」
「まぁ、待てよ」
「これが目的では?」
「わかっててやってんの? まったく君って、思ったより人食ったことするよね」
「相手によります」
「確かに。私とは敵対関係だな…常に!」
「なんでこう言い争いになるんですか」
「私が大人気ないからだろ? 君の説によると」
「ああ…おわかりですか」
「はいはい、君のほうが大人ですよ。でもそんな風になるべきじゃない。少なくとも今は」
「なにが目的なんですか? 僕にどうしろって…」
「なにがあったのか聞きたい」
「なにって…」
「戸籍のこと」
「わかったんじゃないですか? あれで」
「お母さんはね」
「これ以上…まだ言わせたいんですか…」
「うん。言わないと君がいつか壊れる。いや、もう壊れてるんだろうけどね」
「僕は…普通です」
「君の普通は普通じゃないよ」
寺岡さんは僕の顔も見ずに、ソファに寄り掛かった。



