寺岡さんの指定した、一度も来たことのない駅の改札に立っていた。僕はなにをしているのだろうという、先日から感じている“無駄足感”を既に感じていた。取り敢えず、西口と東口のどちらから出ればいいかわからないので、寺岡さんに電話をした。
「ああ、早かったね。改札?」
「はい。どっちから出ればいいですか?」
「西口出て、ロータリーの正面に“カフェ・ノワール”っていう喫茶店あるから、そこで待ってるよ」
「あ…はい。お店に入ればいいんですね」
「うん。喫茶店そこしか無いからわかるよ。じゃあ」
西口のロータリーはこじんまりしていて、バスは1台しか止まっていなくて、見渡すと店が何件か並んでいる中に、正面にこじんまりしたカフェがあった。僕はロータリーをぐるっと回って、そこに向かった。
ドアを開けると、クラシックが掛かっていた。客はまばらで、右側の壁際の席に寺岡さんが座って、僕に軽く手を降っていた。僕は寺岡さんの隣に立った。
「座りなよ。久しぶり」
「あ、はい」
向かいの席に座ると、寺岡さんはにっこり笑ってメニューを僕に差し出した。
「何か飲みなよ。あ…何でもいいんだっけ」
「すみません…おわかりですよね」
「冷たい方が良いね。アイスティーでいい?」
「はい」
ウェイターが来て、寺岡さんは僕にアイスティーを頼んだ。熱いものは苦手だとわかってくれてるので良かった。でも水でいい。てっきり車の中で待ってくれてると思っていたが、カフェに入ってるので、僕が待たせたのかと申し訳なく思った。
「ごめんなさい。待たせましたか?」
「いいや。たまにここのコーヒーが飲みたくなるんで、読まなきゃなんない資料持って早めに来てただけ。家よりこういうとこの方が仕事が捗るの」
「美味しいんですか?」
「私は好みだけどね…ウェイターも美形で」
そこか、と僕は隆にはなかった会話に新鮮さを感じた。半分呆れてたが。
「母をどうやって懐柔したか聞きたいんですが」
僕は注文が来るまでの間、その話を聞こうと思った。
「さっき、いい感じに緊張が取れたみたいですから、ここは一気にこのタイミングを逃さずに、英語を教えるフリをしてなにがあったか聞き出しますから、ぜひ今夜お泊りで…とね。でも論文の件は半分本気」
「やっぱり。母の顔が一瞬深刻になってたんで。赤点だけじゃないなって」
「よく見てるね」
「寺岡さんほどではないですが」
そのうちアイスティーが運ばれてきて、僕の前に置かれた。美形の眼鏡のウェイターに愛想よく寺岡さんがありがとう木村君、と微笑んだ。木村君もニッコリとしながら、今日は可愛いお連れさんですね、と寺岡さんに答えた。常連というやつなのだろう。ごゆっくり、と僕と寺岡さんの顔を見て、木村君は戻っていった。



